それが俺が耳にした歌なら
ホロウ・シカエルボク
朽ちた動力機関のような感情を抱えていた秋と呼ぶには暑過ぎる日の午後、思い出すことも思いつくことも度を越えていて俺はもしかしたら自分自身にとり憑かれているのではないかと心配になるくらいだった、雲はちぎれながら速く流れ、太陽はオーブンのように皮膚を焼いていた、乱雑な前衛音楽のような景色だった、不協和音の一歩手前で音として成立させている、そんな…経でも唱えることが出来たら少しは身軽に感じるのかもしれない、でも当然俺自身にそんな素養は無く、ロクでもないことは必ず忍び足で後ろからやって来てはへばりついた、そんなことにはとっくに慣れっこだった、それが良いことか悪いことかはわからないけれど、とにかく俺はそんなものに張り付かれていても普通に過ごすことは出来た、結局のところそれは俺自身を殺すわけでもない、何か神経に障るものが背中に張り付いているな、と認識してそのあとは特別気にしなければいい、それは絶対受け入れなければ弾かれる程度の感覚なのだ、誰も彼も馬鹿正直にそれを受け入れて対処しようとするから無理を抱えてしまう、どうしてそのからくりがわからないのか、それは果たして俺がおかしいのか他の大多数がおかしいのか、俺にはきちんと判断することは出来なかった、俺自身も俺のことを少しおかしなやつだと考えているせいだった、でもそんな認識はどこかに転がっている世間一般の平均的な人格とでもいうようなものを基準に判断されているからであって、その項目を取っ払ってしまえば気になるようなものは何もなかった、簡単なことなのだ、簡単なことのはずなのに無意識的にそんなことは不可能だと考えている人間が大勢居て、自分で潜り込んだ檻の中で身動きが取れなくなって自家中毒を起こしている、共通認識というのはおかしなものだな、と俺は考える、羽の無い連中が一堂に会して誰が一番高くジャンプ出来るかと競っているみたいだ、早い話そんなものには何の価値も無い、それはせいぜい自分以外の、他者或いはある一定のコミュニティにおいて生み出された既存の価値観に何の疑問も無く寄り添える人間だということを証明しているということ以外にどんな意味も無い、意味を求めること自体にたいした意味は無いが、意味を求めることをしなければ人間は真実に近付くことは出来ない、思考停止したやつらの為に用意された真実ではない、半端な世界を維持するためだけに設えられた、半端な連中にとって都合のいい真実ではない、生身に刻み付ける、血液に叩き込む種類の真実のことだ、真実なんて誰でもが口に出来る筈はない、そして、共通認識として万人で共有出来るものでもない、それは言ってみれば混沌の中を模索し続けてようやく朧気に見えて来るものだ、能動的な人生の途中経過とでも言うようなものだ、そしてそれは定型ではない、常に形を変え続ける、俺がいつも速度の話をするのはそこにある、変化し続けるものにぴったりとついて行けないといろいろなものを見過ごしてしまう、もちろん、それらすべてを拾い続けることは出来ない、瞬時に飛び込んでくる様々な現象、印象は、必要なものは留まるし不必要なものは落ちていく、すべてを拾うことが目的ではない、必要なものを手に入れるためには不必要なものまでなるべく手に取ってみたほうがいいという話だ、食器や洋服を買う時に買うものだけを手に取るわけでは無いだろう、あれでもないこれでもないと手に取って悩むはずだ、それと同じだ、それを変化と同じスピードの中でやっていくということだ、それをするには余計なことを考えてはいけない、ああしなければいけないとかこうしたほうがいけないというような迷いが生じてはならない、スピードの中でどちらにハンドル切るのか、身体が感じるままに動かなければならない、それをすることが出来て初めてスタートラインに立つことが出来る、オフロードレースみたいなものだ、路面は安定していない、一瞬の迷いでその日のゴールを見失ってしまうかもしれない、正しいラインが幾つあるのかはわからない、そしてそのラインのひとつひとつは綱渡りのように細い、一度コースアウトしたらもうそこに戻ることは出来ない、あらゆる感覚が必要とされる、語感は勿論、それ以上の―第六感とでもいうのか、それとももっと何か、生命が生命たる由縁とでもいうような何か、俺は時々、こうしてキーボードを延々と打ち込んでいる時に、自分が人格を飛び越えていると感じることがある、もちろんこうしたものの一切は自分が刻んできた人生の中からチョイスされているものだが、そこに私見というものが存在していないと感じる瞬間が度々あるのだ、自分でありながら自分でないような何か、個人的感情ではなく魂の機関として、情報を処理し続けている何か、そういったものが言葉を発していると…そうしたことを繰り返していると日常と自分自身とはより大きく乖離していく、その落差に恐れ戦きながら俺は明日も目が覚めるだろう、そしてその恐れはこの自分自身が生み出し続けているという事実にウンザリしながら、また新しい迷路へと潜り込んでいくのだ、混沌の中に居なければ安心出来なくなった、なあ、もしかしたらこの人間という生きもののうちのある種の連中は、そうした環境だけを好んで生き急ぎ続けるのかもしれないぜ。