変わり続ける世界の中にも変わらないものがただひとつある
ホロウ・シカエルボク
琥珀の雨が降る熱波の午後にくたばる蟲たちの乾いた最期だろ、ブロック塀に書き殴られた遺言は誰にも解読することが出来なかった、哨戒機がいつだって脳天に照準を合わせている、やつらがその気になればあっという間にアメーバの仲間入りさ、炒り過ぎたコーヒー豆が作り出す黒焦げの死体みたいな風味、サマー・カニバルを口ずさむ一瞬に見えた彼女の叫び、誰の足元にだってひとつふたつ狂気の欠片は落ちているとしたものさ、他人に何かを求めるのは自分自身の力じゃどうにもならないからなのかい、地下から吹き出すスチームは浮浪者たちを斑模様にする、それだって彼らの人生の選択のひとつだ、土で出来てるのかと思えるくらい薄汚れたアパートメントの三階の窓からディランが聞こえる、トゥクトゥクに乗ったタンクトップとトランクスだけの虚ろな目の男は数日前に金で買ったインフルエンザみたいな女の性器を思い出している、あらゆる信号を無視するのであちこちでクラクションの合奏が始まる、タクトを振るものが居ないのが残念なくらいの参加者数だ、カティサークの空瓶を拾って殴る相手を探している、正当な理由があればカマしても構わないなんて考えてる阿呆は決して少なくはないさ、どのみちたいしたことは出来やしない、すれ違いざまに小声で呟くのが関の山さ、あらゆる店、あらゆる住居、あらゆるビルに生活がこびりついて黒ずんでいる、みんな雨を待っているけれどハリケーンでもない限りそれを落とすのは無理だって誰もが理解している、なのに誰もデッキブラシを握ろうとはしないのさ、恩恵とは無償であやかれるものだと勘違いしているんだ、金槌で釘を打つのが下手な大工がタッカーの重要性を力説している、文明の正体なんてそんなもんだ、ジッポーにオイルを注がなくても火をつけることは出来るのに、街灯の電球が別れを告げるように弱々しい瞬きを残して消える、それはその日一番悲しい光景だった、これから本当に暗くなるというのに、ゴミ捨場に置き去られた折り畳み式のシングルベッドにはうんざりするくらいカビが生えていた、捨てられてから生えたものだったらいいけどな、住処に戻ろうと思うけれどまだなにかが足りなかった、絶対にそれだと認識出来ない類のなにか、新しいシャツの着心地に違和感を植え付けているなにか、闇雲に歩いたって見つかるようなものでもなかった、そんな日は絶対に家に帰れない、どんな種類のものかはわからないけれど、必ずどこかで自分を待っている出来事が必ずある、初めてのことじゃない、これまでに何度も同じようなことがあった、とても良いことの時もあったし、とても悪いことの時もあった、それは避けられないのだ、俺が帰りたくなるのはそんな、決まりごとに人生を翻弄されているみたいな感じが気に入らないからだ、良いことでも悪いことでも、良いことでも悪いことでもだよ、少しでも動かされていると感じたらもうそれを許容することが出来ないんだ、でもそれは必ず起こる、避けようとしても絶対に目の前にやって来る、どんな状況でも自分の目の前に現れることが出来るのか、それとも避けることまで決定されているのか、それはわからない、言えるのはただ、それが凄く忌々しいと思えるということだけさ、でもそういうことって結構沢山あるんだよ、そしてその度に俺はいらいらしているのさ、自分の人生を生きようと思った、あれはもうずいぶんと前のことだ、ウンザリするぐらいしくじってきたけれど、欲望の種類は一ミリもずれていない、自分が何をして生きるべきかは生まれたころから知っていた、多分ね、この道を今すぐ自分の住処へ向けて歩いたところで何処にも帰れない、ウンザリするぐらいそのことはわかっている、答えが欲しいわけじゃない、いつだって高望みをして、届かないことに悪態をついていたいのさ、叶わないことこそ成長の種なんだ、ならもっとやってやる、もっともっと、自分自身で居続けてやる、そんな感じさ、だってそうだろ、自分自身の為に精魂尽くした人間の勝ちだぜ、どんな小理屈をこねてもひとりの人間が真剣に積み上げてきたものを揺るがすことなんか出来やしない、俺はそれを証明しているだろ?いつだってな、そうだよ、帰れる場所なんか無かったんだ、それはただひととき体を休める場所に過ぎないのさ、帰れる場所なんかあったことはなかった、ただ向かうべき先がずっと続いているだけなのさ、命が続く限り、俺は時々じっと目を閉じて永遠の命を願う、人の一生は有限だからこそ価値があるし美しいと訳知り顔の連中は言う、どうしてそう言い切れる?まだ一生すら終わらせちゃいないというのに?輪廻を信じる?魂を信じる?そんなの死んでみればわかるさ、いまはただ、この場所で出来ることを、この場所でやるべきことを考え、挑み続けるんだ、それが正しいかどうかなんてわからない、でもそんなの、ハナから血が騒ぐかどうかで判断する以外なかったじゃないか、夜が来る、妙に色の薄い三日月が御用聞きみたいに雲の間から覗く、俺は家路を辿り始める、この一日を介錯する時間がやって来たんだ、シャワーを浴びて食事を済ませたら、この人生を分解して並べるのさ。