My Enemy
ホロウ・シカエルボク
放射線の網の中で寝返りを打ってひとマスずれた世界へ落ちる、衣服の色がほんの少し違うとかそんなレベルの誤差、日頃から些細なズレを見つけながら生きてる俺にはそんなもの異世界とは思えない、特別することもなくそこに佇み続けるだろう、また次の移動が訪れるまで、どこに保証がある?昨日まで生きていた世界といま生きている世界が同じ世界だなんて?そんなもの変わり続けているのかもしれないんだ、七つの世界でルーティンを組んで動かせばそこで生きているやつらには到底気付けないだろう、興味あるか?そんな連続する世界に、ほんの少し違う自分と出会ったところでどうなる?なんだか面倒臭いなと思うだけだろう、ま、性別でも入れ替わってたら声でもかけてみようかなと思うかもしれないけれどね、ともかく俺はまた裂けめに落ちる、どうやらもとの世界に帰ってきたみたいだ、どうしてそう言い切れるのかって?もともと読んでいたのと同じ本を読んでいたからさ、それだけのことだった、それだけのことだったんだ、どんな感想もそこには存在しなかった、帰り道にいつもと違う道を通ってみただけ程度のことだった、ほんのわずかなズレは続いた、朝、仕事の準備がほんの少し早い気がする、トイレに籠る時間が少し長い気がする、横断歩道を渡る時の歩幅が数歩少ない気がする、そんなことを気にするのはおかしい、もちろんそう思うだろう、でも何故か俺はそれが凄く気になった、気になったからこそ、気にし続けてしまったんだろうな、当然そう結論付けた、誰だってそうだろう、真っ当な判断だ、でもその日からずっとそんな違和感が拭えなかった、一週間経っても、一ヶ月経っても俺はそれを抱え続けた、それに従って俺は少し塞ぎ込むようになった、といっても休憩時間や休日なんかにぼーっとしてるだけだったからはた目にはまるで塞ぎ込んでるようには見えなかっただろう、あんまり顔に出ないタイプなのだ、そうするうち俺は次第に戻っていないのかもしれないと思うようになった、思えば戻って来たと思わせたあの本、同じものだと思ったあの本、あれは少しフォントが違っていたかもしれない、いや、それは思い違いで、開いていたページが一ページ前か後だったかもしれない、でも今さらそんなこと思い出せるわけもなかった、現実を―もちろん自分なりの現実ということだが、それを認識するために記憶をあてにするような真似だけは決してしてはならない、それは事態を混乱させるだけなのだ、俺はあらゆる懸念を投げ捨てた、どこのどの世界に居ようが生きる場所はひとつしかない、その世界に存在する以上はそこでなにかしらの意味を見つけることは出来るのだし、もと居た世界が本当にそうであったかなんていう保証などどこにも無い、前にも言った通り…俺はそれきり世界にこだわることを止めた、そして毎日をのんびりと生きた、悩むことを止めれば毎日は気楽だった、もちろん気楽だけで終わらないための努力も沢山した、やるべきことは探せばいくらでも出て来る、見つけようと思うか思わないかというだけの違いなのだ、ある日突然結論めいたものはやって来た、結局のところ世界などどうでもいいのだ、先にも言ったが、俺自身というのはひとりしか存在していないわけだし、どこかでばったり出会うことも無いのなら同じように生活をして思考を続けていればなにも問題は無いのだ、そうだ、こんな話を聞いたことはないか?世界には自分に似てる者が三人は居る、とか、自分のドッペルゲンガーに出会ってしまったら数日後に死ぬ―なんて、誰しも一度くらいは聞いたことがあるだろう、あれはもしかしたら、パラレルワールドを平行移動してしまった連中が起こすバグなんじゃないか、と俺は最近考えるようになった、平行移動していないならそんな心配をすることも無いが、しているかもしれないなら気にしておくに越したことはない、心のどこかでそう思いながら毎日を生きていた、でも、変化というのはいつだってそういうことを意識していない瞬間に訪れる、ある日俺は街を歩いている時にとあるビルの自動ドアに写っている自分のことがやけに気になった、少し目を凝らしてみるとそれは鏡像ではなく、ほんの少し服やバッグの色が違う自分自身だった、しまった、とその瞬間感じたがどうすることも出来なかった、俺によく似たそいつはもの凄く蒼褪めてバッグの中からナイフを取り出し、俺に突き立てようとした、俺は弾かれたように走り出し路地裏をうろついてそいつから離れた、追いかけて来ていたかどうかはよくわからなかった、もしかしたらこちらの俺のほうが足が速いのかもしれなかった、とりあえずは一安心か、自動販売機で飲物を買って、一息で飲み干してから、そういえばあいつはどこに住んでいるんだろう、と考えた、俺と同じ場所ではないことはわかっていた、ほんの少し違う並行世界、隣の部屋かもしれない、上かもしれないし、下かもしれない、すべての部屋を訪ねて回るわけにはいかないし、どの部屋でもない近所の建物のどこかかもしれない、こちらから探すのはリスクが多過ぎる―俺も武器を携帯するのはどうだ?丸腰よりはいいかもしれない、通販で少し良いサバイバルナイフを買った、それが到着するまでは無暗に外出しないようにしよう、数日後それは届いた、ドアを開け、にこやかに挨拶したそいつの顔にはひどく見覚えがあった。