昭和64年をまたいだ後に
北村 守通

 ブーニンが
 ブラウン管から姿を消して
 ゴルビーが
 民衆にもみくちゃにされていたころ
 楽しい
 未来の思い出話に
 盛り上がる
 クラスメイト達を
 現実に引き戻す
 チャイムが鳴った
 小さなノイズを頭にのっけて
 くす玉が割れた
 小さな破裂音を頭に落として
 小さな爆風に
 背中を蹴っ飛ばされて
 放り出されたころ
 東ヨーロッパの
 独裁者の
 天日干しが出来上がっていた
 
 ように
 記憶している

 黒くなった
 肌の周りを
 ハエたちは
 乱舞した
 歌にあわせて
 乱舞していた

 ように
 記憶している

 レーニンは
 絞首刑に処せられ
 轟音と共に
 固い肉片が
 路上に飛び散った
 土煙が舞った
 スカッドミサイルが
 パトリオットミサイルが
 夜空を明るく照らし出し
 巨大な
 天体ショーが繰り広げられ
 人々は
 食い入るように
 見入った
 そして
 どこかの砂漠の国の
 小さな大統領の姿が
 やはり
 ブラウン管から消えた
 プツンという
 鈍い音と共に
 ブラウン管から姿を消した

 ように
 記憶している

 やがて
 バブルははじけ
 クリスチャン・ラッセンの
 絵画どころではなくなり
 新興宗教への
 投資だけが
 生き残ったころ
 地下の巣穴から
 多くの人々が
 担ぎ出されていた
 そのニュースを肴にして
 人々は
 その日も
 居酒屋で時間を潰し
 明日の仕事を忘れようとした
 何事もなかったかのように
 電車で帰路に就いた
 駅の構内からは
 ゴミ箱が消え
 あるいは
 ゴミ箱は封鎖され
 人々は
 思わぬ
 新たな不便と直面し
 困惑したが
 忘れ去るのに
 それほどの時間は必要としなかった
 ある日
 富士の山麓では
 鳥かごを携えた
 紺色の一団が
 白い集団をかき分けて
 白い村に入っていった
 白い国に入っていった
 そして
 チャイムの代わりに
 目覚まし時計が
 けたたましい音をたてて
 夢は
 幻は
 打ち砕かれた
 新興宗教への
 投資ブームは
 終焉をむかえ
 
 再び
 スイッチが切られた
 チャンネルが変えられ
 スイッチが切られた
 そうしたことを
 随分と
 繰り返してきた

 ように
 記憶している

 再び
 スイッチを入れてみれば
 貿易センタービルから
 煙が噴き出していた
 その噴煙の中に
 何かが突っ込むのが見えた
 鳥か
 飛行機か
 いや
 スーパーマンではなく
 飛行機だった
 すぐに
 コマーシャルに切り替わった
 エースコンバットのコマーシャルだった
 再び
 画面が切り替わり
 泣き叫ぶ
 人々の姿が映し出されたが
 僕らは
 それどころではなかった
 僕らの
 休憩時間は終わり
 持ち場に戻らなければ
 朝の出荷に間に合わなかった
 それが
 もっとも
 僕らにとって大事なことだった
 その責務を果たしてこそ
 その日の僕らは
 弁当を買うことが出来たし
 温かい漫画喫茶の一室を確保し
 一枚の毛布を確保することが出来た
 少しだけ
 財布の中を
 ほんの少しだけ
 膨らますことが出来た
 少なくとも
 その日
 一日は
 安心して
 過ごすことが出来た
 僕らに
 チャイムは鳴らなかった
 
 そして
 再び
 
 見えない誰かに
 背中を押されて
 見えない何かに
 蹴っ飛ばされて
 漫画喫茶を出て
 まぶしい日差しの下を
 歩くようになっていた
 そんな
 日々の
 ブラウン管の
 向こう側が
 今
 教科書の中で
 ほんの
 少し
 ほんの
 数行の厚さで
 解説される
 私たちは
 数行でしかなかったが
 こどもたちには
 蛍光ペンでマークすらされない
 数行でしかなかったが
 数行を
 占めることができるくらいの
 質量を持って
 生きてきたということだった


自由詩 昭和64年をまたいだ後に Copyright 北村 守通 2025-04-30 23:26:47
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