悪夢は私を感光しない
由比良 倖
1
それはただのミックスジュースだったのだけど、
形を失った果物に、また世界は混乱した、
それで笑ったんだ、
私は世界から切り離されていった、
それは単純な言葉によって、記述できないから、
私は世界を見たけど、
見ても、見ている私などいない、
世界は私を見ない、
夜は全てを消していき、全ては夜に優しく消えた、
夜へと言葉をかけられる「私」に、
存在が単純なひとつになりかける。
私は昼に立っていた、
笑わなかった、変な奴だと言われた、
ノイローゼって倒れるものなんですね、
(ただ在れば在るだけの世界それだけですよ)、
栄養失調でしょう(先生、栄養を
あなたは知っているのですか?)、
遠くでずっとぐるぐる回っている何かみたい、
(精神て栄養的なものですか?)精神て、って…
どう使えばいいのだろう、死なないかもね私…
(先生、僕には何も分からないのです)
(あら、私にも分かりません。あなたは物知りさんですよ)
(でも、僕にはどうだっていいこと)
(そんなこと言ったら可愛そうですよ)
言葉の裾を拡げてほしい、
だってあなたは私と違う、
同じ世界に住んではいても同じ空や同じ服、
同じお金を使い回せるだけの、共存なのなら、
私は私と何を信じればいい?
私は眠っている、起きたときには弾かれる、
空も海も、単純に鳴るばかり、
見ても見ても、何も見えないのです。
冷たい空の下で鳴る孤独な電線を見上げると、
身体が渦巻く、宇宙は何処までも続く、
回線も人間の時も過ぎ、
私の今を釘付けにする、死ねるかな、と少し
期待できると、安心します、私が
普通だといいな、ただの普通であるなら。
(でも先生は死んだら火葬がいいとか考えますか)
(火葬はお寺でしょう、私は教会なの)
(土葬?)
(昇天するのよ、私は)
2
部屋の中では、物たちが流れていて、
みんな名前が付く前に形を失う、
私は世界の光のプラグを探している、
とても疲れてしまったのは、世界の方、なので
私には行き場がない、
私は膨張を止めない、このまま
何もかもが冷え切ったとしても、
頭の中の会話だけは終わらない。
「“She said ‘Welcome’and…”.、」
「分かります。彼女は、神様が何かと仰っていましたが」
「あなたは神様の一部のようなのに、カメラが無いみたいなことを言ってました」
「彼女はカメラを持っています。多分‘camellia’の傍で二人を撮りたいから、寄ってくれと仰ったのではないでしょうか」
「いえ、確かにカメラと言いました。けど、あなたの言うことも正しいみたいです。
…それならあのツバキでしょう」
「彼女は何故神様といったの?」
(血のよう。光に近付くのは怖くない?)
(そこでは自分は釣られる側に回る。海は拡く、空は狭い、)
(空に閉じ込められた身体、身体に閉じ込められた心、心の中には何処までの空?)
「“Maybe… ah possibly is your name‘——-’?”」
「違う。それに私は英語を喋らないのです」
「それならやっぱりあなたを指したのですよ」
「そうでしょう。でも違うのです」
「そうかも知れません。でも映るのは無いものだけです」
私たちが眠る写真は、私の眠気に支障を来たした、
そしてまた、私たちは人間たちの家で、
神様の一部であることに、抗えない、私が、
眠気と怠さに、押し潰されてしまうまで、
地球も空も回転を止めない。
3
だから私は暗い場所で待っている、
世界が花のように消えていくまで、
(引き出しの中の鉛筆箱)、
(靴箱の中の電子線/空)、
私には折られた世界と祈る空、ばかり、
(いいんだよ、誰も帰ってこない)、
(この空は、私たちのもの)、
私は、歌を飲み込んで、まるで
死んだように目覚める、もうすぐ何もかも、
ひっそりと消え去ってくれることだけを
冷え切った手で祈りながら。