再び抒情詩の時代へ
岡部淳太郎

 昨年十一時に谷川俊太郎さんが亡くなった。個人的に喪失感のようなものはあまりなく、それよりもこれでいよいよ現代詩も危機的状況になったなという感じの方が強い。なぜなら、現代詩村が外部の世間一般にアピール出来る詩人はたた一人谷川俊太郎さんのみだったからだ。どういうことか。人々が詩を読もうとした時にまず触れるのが谷川俊太郎さんであり、他の数多ある詩人たちはほぼ眼中にないからだ(他にこの「現代詩フォーラム」に籍を置いてたこともある最果タヒさんもいるが、谷川さんほど広範な支持を得ているとは思えない)。つまり、現代詩が世間に誇れる詩人は谷川俊太郎さんのみであり、その人がいなくなったということは、いよいよ現代詩というか日本の詩そのものの終焉が近づいていることを意味するのだ。そんな大袈裟なと思われるかもしれないが、試しにあなたの周囲にいる自分では詩を書いていない人に知っている詩人、好きな詩人を訊いてみると良い。谷川さんの名前が出ればまだいい方で、大抵は詩人の名前など一人も知らないか、現代詩村では詩人と認められていないJポップのミュージシャンの名前を出すか、とっくの昔に亡くなった近代詩の物故詩人の名前が出るのがせいぜいだろう。要するに、現代詩の詩人はそれほどまでに知られていない。谷川俊太郎さんだけが最後の砦だったのだ。そんな人が亡くなったのだから、現代詩村はいよいよのっぴきならない状況に追いこまれたと言っていいし、これまでのような現代詩村の謎のルールで特定の詩人や現代詩村が認める特徴を持つ詩人だけに賞を与えるような悠長なことをしていられないと思うのだ。
 このような事態になってしまったのは、これまで第二の谷川俊太郎を見つけて育てるというような努力を現代詩村が怠ってきたことの証であり、自業自得の要素が強いと思える。だからそんな現代詩村にはとっとと滅んでもらった方が、日本の詩全体には有益であるとも思えるのだ。
 振り返れば、現代詩の衰退が喧伝されて久しい。だが、喧伝はされてきたものの、現代詩村はそれに対して抜本的な改革をして来なかったように思う。「若い」とか女性であるとかいうような誰にもわかりやすいアイコンのある詩人に賞を与えるばかりで、なんの改革もして来なかったと言われても仕方あるまい。危機感はあったものの、なんとなくこのままでいいだろうというような諦念とも異なる投げやりな気分が現代詩村を覆っていたのではないだろうか? そこに来て、頼りにしてきた谷川俊太郎さんの死去である。この期に及んでこれまでと同じようなことを繰り返すだけでは、いよいよ日本の詩の終焉も近いと思えるのだ。
 では、何をすれば良いのか? それは恐らく再び抒情詩に立ち返るしかない。詩人の性別や年齢にこだわることなく、単に抒情詩であればいいという態度で、第二第三の谷川俊太郎を発掘して育てるしかないように思うのだ。つまりは、いかにも現代詩ですというような詩はいったん無視して、抒情詩のみに絞って業界全体を盛り上げてほしいと思うのだ。結局は人々が詩に反応するのは抒情詩であると思うからだ。一部には現代詩のここまでの達成を無にすべきではないという考えもあるだろうが、そういう高踏的なことをいまさらやっても仕方あるまい。そのようなことをしてきたから、現代詩は袋小路に追いこまれてしまったのだから。
 ところで、パンクロックという音楽がある。一九七〇年代に複雑化したロックに対して、ロックの初期衝動を取り戻そうとして、ロック本来のシンプルな熱さを取り戻そうとした動きとしてあったように思う。同時に、前世代のロックのスターたち(ローリング・ストーンズやレッド・ツェッペリン)を否定する動きも伴っていた。これと同じようなことが、詩で出来ないかと思うのだ。詩は本来抒情詩であり、現代詩の複雑化した姿からそのようにして本来の姿に揺り戻す動きがあっていいと思う。つまりは、パンク抒情詩ということだ。抒情を喚起するという詩の元々あった機能に立ち返る動きがあってもいいと思うのだ。
 僕はこのような考えをSNS等では述べてきたが、散文の形で発表するのは初めてだ。一部にはこのような考えを披瀝すること自体どうなのかと疑問に思う向きもあるかもしれないが、詩を愛する者として真剣に考えてもいい問題だと思う。パンク抒情詩、良い考えだと思うが、どうだろう? いずれにしても、詩壇が本気になって取り組まないことには話が進まないだろう。その責任が詩壇にはある。もちろん一人一人の書き手が真剣に考えることでもあるが、やはり詩壇という公的機関の威光は大きい。詩壇にはそろそろ本気になって詩に抒情を取り戻す動きをしてもらいたい。第二第三の谷川俊太郎は、おそらくそうした動きの中から現れてくるように思う。



(2025年1月)


散文(批評随筆小説等) 再び抒情詩の時代へ Copyright 岡部淳太郎 2025-02-05 13:12:57
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