夜のくじら
みぎめ ひだりめ
ぼくは 眠れない夜に
夜風の海を たゆたう
青いくじらを 見た
白い雲さえ 追いやって
星を ごくん と飲み干して
おしゃべりな 雨音とともに
故郷を捨てて 来たらしい
月のような目が ぼくを見た
大きな口が ぱかっ とひらく
なにかを 話すつもりの ようだ
人の子 おれの姿を 見たな
おまえは まだまだ 眠らないのか
くじらの声は 波のよう
ぼくは うん とうなづくと
くじらは にやりと笑って 言った
それなら それなら しょうがない
おれらの仲間に 入れてやろう
ぼくは くじらの 背に乗って
くじらの 故郷の話を 聞いた
遠く 遠くの 波の向こう
星も見えぬ 風も聞こえぬ
世界の果てに ひとりぼっちで
くじらは さみしかったのだそうだ
しばらく すると
くじらは 少しだけ なみだを流した
その なみだを浴びたら
なんだか かなしくなってしまって
ぼくも 少しだけ なみだを流した
すると くじらは 微笑んで
飲み込んだ 星を ぷっと吐き出し
ぼくを 家に帰すと
また どこかへ 行ってしまった
きっと くじらは
ぼくの しらない しらない場所で
また 少しだけ なみだを 流すのだろう
星は 息を 吹き返したように
また きらきらと かがやきはじめた