人間
岡部淳太郎

暗い
宇宙の夜に中に
最初の人間が現われる
途端に 宇宙の空は晴れ渡る
ように見えるが それだけだ
相変らず
宇宙は 際限のない夜に包まれている
最初の人間はぼんやりと坐りこみ
すべるものの早すぎる跳梁に気づかずに
夜の広さを噛みしめる
そこに二人目の人間が現われる
孤独は癒され
彼等はそれぞれに
自らを知る

暗い
地球の夜の下で
人間は増えつづけ
都市は整えられ
歴史は形作られ
(その裏で すべるものは笑い)
恐怖を造形し
恐怖を駆逐し
(その裏で すべるものは笑い)
人間はいま起こった出来事をすぐに忘れて
夜が
変らずそこに在ることも忘れて
自らの脚で
立つことを覚える

暗い
都市の夜の下で
人間は横暴と忘恩を繰り返し
発明し
発見し
(その裏で すべるものは笑い)
論文を発表し
論文を批評し
(その裏で すべるものは笑い)
人間は昔あった出来事を遠くに忘れて
夜が
なお勢力を拡大しつつあることも忘れて
自らの手による
想像で汚れる

暗い
内面の夜の中に
特別な人間は現われては消えてゆく
熱い
証明の期待に揺れて
寒い
事実の個体に裏切られて
人間は悪い比喩を飲みくだす
すべるもののひそやかな輪舞に気づかずに
息苦しい喧騒の中で静かに
自らを殺す
物語は語られ
彼等はそれぞれに
恩寵を知る

暗い
宇宙の夜の中に
最後の人間はたおれる
途端に 宇宙の空は晴れ渡り
すべるものに似た哄笑が
星々の間に谺する
人間であることに恐怖を抱き
人間でないものへの恐怖に顫えた
短い期間
恐怖によって彩られた歴史を
すべるものに明け渡して
人間の時間は終る
彼等はそれぞれに
静寂を知る



連作「夜、幽霊がすべっていった……」


自由詩 人間 Copyright 岡部淳太郎 2005-05-24 01:24:24
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夜、幽霊がすべっていった……