もうね、あなたね、現実の方が、あなたから逃げていくっていうのよ。
田中宏輔

きょう
新しいディスクマンを買おうと思って
河原町に出たのだけれど
買わずに
四条通りのほうのジュンク堂に寄って
自分の詩集がまだ置いてあるのかどうか見た。
一階の奥の詩集のコーナーに行くと
まだ6冊あって
先週見たときと同じ数、笑。

あんに行こうと思って
ツエッペリンの『聖なる館』を聴きながら
河原町通りを歩いていると
ふと
肩に触れる手があって
見ると
湊くんだった。
「これから日知庵に行くんだけど
 行く?」
って言ったら
「時間ありますから、行きましょう。」
とのことで、ふたりで日知庵に。
そこでは、ふたりとも、生ビールに焼鳥のAコース。

飲んで
食べて
「つぎ、大黒に行く?」
って言ったら
「時間ありますから。」
とのことで
大黒にも行くことに。
「きょう、「火がついた子ども」ってタイトルでミクシィに書いたよ。」
「ぼくも、きょう、「火のラクダ」って言葉を思いつきました。」
「偶然だね。
 ラクダっていえば、砂漠ってイメージかな。
 で、宮殿ね。
 アラブのさ。
 あのタマネギみたいな屋根の。」
カウンター席の音楽の先生が、となりの客に
「明日は仕事なんですか?」
「運動会めぐりですよ。」
「やっぱりアラブですよね。」
「アラブだよね。」
「ラクダって、火のイメージありますか?」
「あるよ。
 比
 ってさ。
 あ
 比べるほうの「比」だよ。
 フタコブ突き出てる形してるじゃない?」
「あ
 なるほど。」
「ね
 もう
 比なのよ。」
「俳句に使おうと思ってるんですけど。」
「俳句ね。」
「3年前に愛媛の俳句の賞で最終選考にまで残ったんですけど
 またこんど出してみようかなって思ってるんですよ。」
「愛媛って、俳句の王国じゃん。」
「100句出すんですよ。」
「ぼくなら無理だなあ。
 いったい、どんな俳句なの?
 ここに書いてみて。」

メモ帳を取り出す。
「硬い鉛筆で描く嘴をもつものを」
「とんがりつながりね。
 それと
 イメージの入れ子状態っていうのかな
 絵のなかに描かれた絵のように
 嘴って
 見た嘴じゃなくて
 鉛筆で描かれた嘴だし
 その鉛筆だって
 頭のなかの鉛筆だしね。」
「そうですね。
 で
 これって、「を」が多いというので
 削るほうがいいって、よく言われるんですけど。」
「さいしょの「を」を削れって言うんでしょ?」
「そうです。
 でも、ぼくは、散文性が出したかったので。」
「そだよ。
 もう削る文学は、いいんじゃない?
 削る文学は、古いんじゃない?」
「ぼくも、散文性が出したかったので。」
「でも、削った方がいいって言うひとの方が多いだろうけどね。」
「ぼくもそう思います。
 でも、それだから
 よけいに、目立つとも思うんですよ。」
「そだよ。
 まず、目立たなきゃね。
 俳句って
 やってるひと多いから。」
「三年前の最終選考にまでいったもの
 まだネットに残ってるんですよ。
 消して欲しいんですけど。」
「そなんだ。」
「賞金30万円なので
 今年も出そうかなって。」
「いいんじゃない。
 もらえるものはもらったら。」
「城戸朱理が審査員のひとりなんですよ。」
「なんで?
 あ
 パウンドの詩集
 城戸の訳のものだけは買わなかったわ。
 あと、全部、そろえたけど。」
「そんなに嫌いですか?」
「嫌い。」

ここで日知庵はチェック。
大黒に移動。
日知庵から大黒に行く途中
たくさんの居酒屋や食べ物屋の前を通りながら
高瀬川を渡って、木屋町通りを歩いた。
ふたつ目の路地の手前に交番があって
その真横にある公衆トイレの前で
「このあいだ、ミクシィでさ。
 廿楽順治さんが、パウンドの『キャントーズ』のパロディーで
 『キャンディーズ』ってのを思いついたって書いてはってね。
 それ、おもしろそうと、ぼくも思ってね
 すぐに書き込みしたのね。
 9人のミューズならず3人の歌姫による
 昭和の芸能史と政治・経済に
 廿楽さんの個人史を入れられたら
 きっとすっごいおもしろいものになりますねって。
 ぼくなら大長篇詩にしちゃうな。
 キャンディーズの3人が突然、ミューズになって歌ったり
 アイドルの男の子がデウカリオンになったり
 アイドルの女の子がアンドロメダになったりするの。」
「それは、もう、あつすけさんの詩ですよ。」
「そかしら?
 そだよねえ。
 おもしろそうなんだけど。
 それだけで
 何年もかかりそう。」
というところで
大黒のある路地の前にきた。
廃校になった小学校の前にある路地の奥だ。
ふたりは狭い路地を通って大黒に入った。
「前にも、ここにきたよね?」
「いえ、はじめてですけど。」
「えっ?
 そなの?
 ほんとに?
 前に
 荒木くんとか
 関根くんとか
 魚人くんとかときたときに
 いっしょにきてない?」
「はじめてですよ。」
「ええっ!」
マスターが湊くんに店の名刺を渡す。
「はじめまして、大黒のみつはると言います。」
「ぼく、シンちゃんに言われるんだよね。
 おれの知ってる人間のなかで
 もっとも観察力のない人間だって。」
「そんなことないでしょう。」
「言われたんだよねえ。」
マスターが
「あつすけさんって
 見てるとこと、見てないとこの差が激しいから。
 好きなものしか見てないんだよねえ。」
と言って、ぼくの顔をのぞきこむ。
「ねえねえ、このマスターって、荒木くんに似てない?」
「また言ってる。」
とマスター。
すると、湊くんが
「似てないでしょう。
 あつすけさんのタイプってことでしょう。
 短髪で、あごヒゲで、体格がよくってってことでしょ。」
なんで、そんなにすらすらと
と思って、びっくりした。
「そかな?」
マスターが
「日知庵は忙しかった?」
「知らない。」
と、ぼくが言うと
湊くんが
「まあまあじゃないですか。
 満席になったときもありましたよ。
 ずっと満席ってわけじゃなかったですけど。」
「えっ、そなの?
 ぜんぜん見てなかった。
 まわりなんか、ぜんぜん気にしてなかったしぃ。」
マスターが
「ほら、やっぱり、見たいとこしか見てないのよねえ。」

「ふううん、かもね。」
と言うぼく。
「The Wasteless Land. のⅣって
 いままで出した詩集のなかで
 いちばん反響があったんだよね。」
「ぼくは、ⅡとⅢの方が好きですけど。」
「そなの?」
「で
 ⅢよりⅡの方が好きですけど。」
「そなの?
 山田亮太くんも
 メールに、そう書いてくれてた。
 Ⅱが好きなひとって
 ほとんどいないんだよねえ。」
「ぼくと話が合いそう。」
と、湊くん。
「合えばいいなあ。」
と、ぼく。
これまた、日知庵での会話なんだけどね。
「このあいだ、河野聡子さんってひとから
 12月に出る「トルタ4号」って本の
 原稿依頼があってさ。
 山田亮太くんが参加してるグループのね。
 ひさしぶりに、●詩を書いちゃった。
 鳩が鳩の顔をつつく
 大型の猿たちが小型の猿たちを狩るってやつ。
 あの関東大震災と
 エイジくんとの雪合戦をからませたやつね。
 前にミクシィに書いてたでしょ?」
「見ましたよ。」
「あれを手直しして、●詩にしたの。
 で
 アンケートもあってね。
 「現代詩の詩集で、あなたがいいと思うものを10冊あげてくださいって。
 でね
 ぼくって、詩は、古典的なものしか読んでなかったから
 あわてて、パウンドを買いそろえたり
 ジョン・アッシュベリーを買ったりして
 それをアンケートの答えのなかに入れておいたの。
 ジェイムズ・メリルといっしょにね。
 いまの現代詩って
 生きてる詩人では、どだろって思って
 このあいだ
 ネットで
 poetry magazine で検索したら
 知らない詩人の名前がいっぱいだったけど
 だれかいい詩人っているの?」
「パウンド以降、現代詩っていえるものは、ないですね。
 出てきてないですね。」
「そなの?
 ぼくにはジェイムズ・メリルがすっごいよかったんだけど。
 ほんと、湊くんには、『ミラベルの数の書』をもらってよかった。」
「あつすけさん、こんど、メリルの詩集を貸してくださいよ。」
ぼくは、聞こえなかったふりをして
焼鳥の串に手をのばして、ひとかたまり食べて
ビールのジョッキグラスに口をつけた。
「ジョン・ダンの全詩集って読んだけど
 いいのは、みんな、岩波文庫に入ってるんだよね。」
「そうですか?」
「うん、訳者が同じなんだけど
 選択眼がすごいんだろね。
 いいのは、ぜんぶ、文庫に入ってて
 まあ、いいんだけどね
 ジョン・ダンの詩がぜんぶ読めるっていうのは。
 でも
 エミリ・ディキンスンの詩集は
 あの岩波文庫のものは、ぜんぜんあかんかったわ。」
「亀井さんは偉い学者なんですけどね。
 あの訳は直訳で
 よくなかったですね。」
「でしょ?
 ぜんぜんよくなかった。
 新倉さんの訳とは、ぜんぜん違ってた。
 新倉さんの訳で
 『エミリ・ディキンスンの生涯』
 って本に引用されてた詩がよくってね。
 ちょっと前に読んで、いいなって思って
 まあ、それまでにも、アンソロジーで読んでて
 いいなって思ってたんだけど
 このあいだ、それ読んでて
 あらためていいなって思ったの。」
「あつすけさん、形而上詩って、どうなんですか?」
「あ
 ジョン・ダンね。
 シェイクスピアとだいたい同じ時代の詩人だったでしょ。
 あのころは、奇想っていうのが、あたりまえだったでしょ。
 それをエリオットが形而上的に思って
 形而上詩って言ったんじゃない?」
このときの湊くんの返事は忘れちゃった~。
ごめんなさい。
「だからみんな、形而上詩じゃない?
 ぼくのものも、そういうところあるでしょ?」
みたいなことを言った記憶があるんだけど
この言葉への返事も忘れちゃった~。
ほんと、湊くん、ごめんなさい。
頭、ボケてきたのかしら?
このあいだなんて
なにかしようと思って立ち上がったんだけど
立ち上がった瞬間に、なにをしようとしたのか忘れちゃって

ここまでのところって
ほとんどのものが、日知庵での会話だった。
つぎのは、大黒での会話ね。
あっちこっちして、ごめんなさい。
でね
若い男の子の客が
「きょう10個の乳首を見たけど
 ひとつもタイプの乳首がなかったわ。
 もうデブも筋肉質もいなくって
 ガッカリだったわ。」
現実逃避かしら? と言う、店の男の子の言葉を耳にして
「現実の方が
 あなたから逃げていくってのはどう?」
と湊くんに言う。
ぼくは、よくほかのひとたちの会話をひろって
その会話に出てきた言葉を
自分の会話に使う。
湊くんも、よくそういうことありますよって。

6、7行前に戻るね。
「あつすけさんが前にも言ってらした
 言葉を反対にするっていうやつですね。」
「そう。
 数学者のヤコービの言葉ね。」
マスターが
「なし食べる?」
「大好きなんですよ。」
と、湊くん。
「食べようかな。」
と、ぼく。
なしが出てくるまで5分くらい。
「なし、好きなんですよ。」
「なんで?」
「水分が多いから。」
「はっ? 
 なに、それ?」
「水分が多いですからね。」
「それって、おかしくない? 
 果物の好きな理由が水分が多いからって
 果物、みんなそうじゃない?」
「そうですか?」
「おかしいよ。
 甘いっていうのだったら、わかるけど。
 果物なんて、みんな、ほとんど水じゃん。」
「でも
 水分が多いでしょ? 
 たとえば、リンゴより。」
「はっ? 
 おかしくない?」
「そこまで言いますか?」
「言うよ、おかしい。」
「でも、リンゴとは 歯ざわりも違いますし。」
「たしかに、歯ざわりは違うね、リンゴと。」
「水分も違うんじゃないですか?」
「そかな?」
「桃も水分が多いから好きなんですよ。」
「はっ?」
と、ここでマスターにむかって、ぼくが
「このひとに、なしが好きな理由たずねてみて。」

マスターがたずねると、またしても
「水分が多いから。」
「おかしいでしょ?」
「たしかに、水分が多いってねえ。
 果物、ぜんぶでしょ?」
「でしょ?」
「食感が違うってことかしら?」
マスターのフォロー。
「たぶんね。
 でも
 水分が多いからってのは変だよね。」
「みずみずしいってことじゃない?」
とマスター。
ぼくは、みずみずしいって
この言葉をキーボードに打ち込むまで
「水々しい」だと思ってた。
「瑞々しい」なんだね。
忘れてた。
恥ずかしっ。
「みずみずしいってのと、水分があるってのとは違うんじゃない?」
「違いますか?」
「違うよ。
 水分の多い岩石
 みずみずしい岩石
 違うじゃん。」
「いっしょでしょ?」
「違うよ。
 みずみずしいアイドル
 水分の多いアイドル
 違うじゃん。」
「たしかに。」
「でも
 水分の多いっていう言い方のほうがぴったしなときってあるかもしれないね。」
「そうですね。
 でも、なんで、さいしょに岩石だったんですか?」
「岩には水がない。
 エリオットの『荒地』だよ。」
「ありましたね。」
ここで、『荒地』の話を数十分。

痴呆詩人
詩人の分類
とかとか
どっち、どっち。
谷川俊太郎と吉増剛造だったら、どっちになりたい?
瀬尾育生と北川 透だったら、どっちになりたい?
稲川方人と荒川洋治だったら、どっちになりたい?
嫌だなあ、どっちでも。
だまってれば、ふつうのひと。
だまってなければ、ふつうじゃないってことね。
現実のほうが、あなたから逃げていくっちゅうのよ。
きょう、乳首を10個も見たけど
ひとつもいいのがなかったわ。
10個の乳首が
あなたを吟味したって考えはしないのね
あなたは。
10個の乳首が
あなたを吟味してたのよ。
後ろ姿しか見てないけど
短髪のかわいい子かもしれない。
かわいくない子かもしれない。
どうでもいいけど。
シルヴィア・プラス
テッド・ヒューズ
エリオット
パウンド
アッシュベリー
ジェイムズ・メリル
ハート・クレイン
エミリ・ディキンスン
ジョン・ベリマン
ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ
ジョン・ダン
シェイクスピヒイイイイイア
ヴァレリー
ジョイス
とかの話をした。
「野生化してるんですよ、
 オーストラリアのラクダって。
 馬じゃ、あの大陸、横断できなくて
 ラクダを連れてきたんですけど。
 いまじゃ、オーストラリアから
 アラブに輸出してます。」
「そだ。
 このあいだ
 2ちゃんねるでさ。
 外国の詩の雑誌にも投稿欄があるのかどうか
 きいてたひとがいたけど、
 外国の詩の雑誌にも投稿欄って、あるの?」
「ないですよ。」
「そなの?」
「ありませんねえ。」
「そなんや。
 ぼくも、ネットで
 poetry magazine って言葉で検索して
 外国の詩の雑誌のところ見たけど
 直接、編集長に作品を出して
 載せてもらえるものかどうか判断されるって感じだったものね。」
「そのとおりですよ。
 なんとか、かんとか(英語の単語だったの、忘れちゃった、掲載不可の返事)を
 詩人のだれだれ(これまた忘れちゃった~、ごめんね~)が
 目の前に並べて貼って、それを見ながら
 奮起して書いてたらしいですよ。」
「へえ、ぼくなら、拒絶された手紙なんか見てたら
 書きたい気持ちなんてなくなるけどねえ。
 奮起するひともいるんや。」
そういえば
無名時代の詩人や作家が
雑誌の編集長から、ひどい返事をもらったときのことを書いてた本があったなあ。
ガートルード・スタインも、自分の文章をパロってた返事を書かれてて
返事のほうも、スタインの本文と同じくらいおもしろかったなあ。
ただひとつの人生で
ただひとつの時間しかありません。
ですから云々
だったかなあ。
「ただひとつの」の連発だったかな。
そんな感じやったと思う。
「あつすけさんも送れますよ。」
「えっ?」
「日本からでも送れるんですよ。」
そういえば、西脇順三郎も
さいしょの詩が掲載されたのって
イギリスの詩の雑誌だったかなあ。
「朝にランニングしてるんですけど
 台風の翌朝
 鴨川の河川敷を走ってると
 ぬめって危険なので
 歩いていたら
 たくさんのザリガニが
 泥水から這い上がってきて
 それを自転車が轢いてくものだから
 前足のハサミのないものが潰れてたり
 うごめいてたり 
 それがびっしり河川敷に
 両方、ハサミのないものもいて
 それは威嚇することもなく
 泥の中に戻りましたね。」
「ザリガニの死骸がびっしりの河川敷ね。
 でも
 ザリガニって鴨川にもいるんや。
 ふつうは池だよね。」
「いると思わないでしょ?」
「そだね。
 むかし
 恋人と雨の日に琵琶湖をドライブしてたら 
 ブチブチ、ブチブチっていう音がして
 これ、なにってきいたら
 カエルをタイヤが轢いてる音
 っていうから
 頭から血がすーって抜けてく感じがした。
 わかる?
 頭から
 血が抜けてくんだよ。
 すーって下にね。」
湊くんと木屋町で別れて
阪急電車、河原町11時40分発に乗って帰ってきちゃった。
もっと飲みたかったなあ。
むかし、ぼくが書いた大長篇の●詩のタイトル
あのブリキでできた猿のおもちゃたちが、たくさん、たっくさん
シンバルを激しく叩きながらやってくる
パシャンパシャンの●詩ね。
北朝鮮民主主義人民共和国のレディたちの黄色いスカートが
そのパシャンパシャンの風で、つぎつぎまくれあがってくやつよ。
そのタイトルを
『ジャンピング・ジャック・フラッシュ』にしようかなって言うと
湊くん
「それって
 飛び出すチンポコって意味ですよ。」
とのこと
「そなんや。
 ストーンズって、エロイんやね。
 そのタイトルにするよ。
 かっわいい。」
飛び出すチンポコ。
あとで鳩バス。
コントロバス。
ここんとこ
パス、ね。
「まえにミクシィに書いてられましたね。」
「書いたよ。
 これって、近鉄電車に乗ってたときに女子大生がしゃべってたの聞いて
 メモしたんだよね。
 ぜったい聞き間違いだろうけどさ。
 聞き間違いって、すっごくよくするんだよね。
 授業中でも、しょっちゅう。」
「聞き間違いだけで詩を書いてもいいかもしれないですね。」
「そうお?」
「おもしろそうじゃないですか。」
「そかな。
 でも、ほんと
 喫茶店とか
 街ですれ違ったひとの言葉とか
 なんだったって書くんだ。
 書いてからコラージュするの。」
「ほとんどは捨ててらっしゃるんですよね。」
「捨てるよ。
 でも
 ブログに書き写してるから
 正確に言えば捨ててないかなあ。
 あとで使えるかもしれないじゃん。
 で
 じっさい使ってるしね。」
「エリオットも
 会話を詩に入れたりしてますものね。」
「そだよね。
 コラージュだよね
 詩って。」
で、エリオットの全集が、いまヤフオクで、20000円だとか
このあいだ、ヴァレリー全集がカイエ全集付で
全24巻で、98000円で出てて
買おうかどうか迷ったよ
でも、全集
どっちとも全部、図書館で読んでメモしたし
すでに、作品に引用してるし
買わなかったけど
とかとか
パウンドが手を入れたエリオットの『荒地』の
原著の写しを、ふたりとも読んでいて

原稿の写しね。
エリオットの原稿に、エズラ・パウンドが朱を入れたやつのね。
ハードカヴァーのめっちゃ大きな本ね。
ぼくも勉強してた時期があったのだ。
英語できないけどね。
楽しかったけどね。
エリオットが be動詞、間違えてたとか
これって
ぼくたちが「てにをは」を間違えるようなものでしょうとか
とかとか話して
飲みすぎぃ。
でも
頭はシャッキリ。
きのう、仕事で
すんごい理不尽なことがあって
これ
いまは書けないけど
湊くんに言って
ゲラゲラ笑っちゃった。
ゲラゲラ笑っちゃえ。
えっ?
「ジュンク堂でさ
 ことしの9月に出た
 ぼくの大好きなトマス・M・ディッシュの
 『歌の翼に』を買おうと思ったんだけど
 サンリオSF文庫のほうで読んでたし
 国書刊行会から出てた新しい訳のほう見たけど
 字がページの割と端っこまで印刷してあって
 レイアウトがあんまりよくなかったから
 けっきょく買わなかったんだけど
 まあ、この国書のSFシリーズ、ぜんぶ買ってるから
 気が変わったら買うかもしれないけど
 ちょっと最近、SFには辟易としていてね。
 買わなかった。
 あ
 このディッシュって
 去年自殺したけど
 どうやって自殺したのか憶えてないんだけど
 ディッシュも詩集を出してたんだよねえ。
 日本じゃ、ただのSF作家で
 詩集は翻訳されてないんだけど
 そういえば
 詩人って
 たくさん自殺してるよね。
 あの『橋』を書いたのは、だれだっけ?」
「ハート・クレインでしたか。」
「そうそう。
 船から海に飛び込んだんだっけ?」
「でしたか。」
「ジョン・ベリマンも入水自殺だよね。」
「自殺しましたね。」
「ジョン・ベリマンってさ。
 なんで入水自殺したの知ってるのかって言えば
 ディッシュの『ビジネスマン』ってタイトルの小説に
 顔から血を流してさ、片方の目の玉を飛び出させたまま
 ゴーストの姿で出てくるの
 ダンテの『神曲』における、ウェルギリウスの役目をしてさ。
 主人公をサポートして天国に導こうとする者としてね。
 あ
 ツェランも入水だよね。
 シルヴィア・プラスは、ガス・オーブンに、頭、突っ込んで死んだけど。」
「すごい死に方ですね。」
「まあ、火をつけて死んだんじゃなくて
 一酸化炭素中毒だったんだろうけど。
 それでも、すごいよね。
 もちろん、火をつけて死んでたら、もっとすごいけどね。
 いま、都市ガスは一酸化炭素入ってないから死ねないけど。
 そういえば
 練炭自殺って何年か前、日本で流行ったね。
 ネットでいっしょに死ぬやつ募ってさ。
 シルヴィア・プラスの夫の詩集
 ジュンク堂にたくさん置いてあったよ。」
「そうでしたか?」
「テッド・ヒューズの詩集
 何冊あったかな。
 4、5冊、あったんじゃない?
 奥さんがすごい死に方して
 どういう気持ちだったんだろ。」
「伝記書いてましたね。」
「黒人でしょ?」
「いえ、白人ですよ。」
「えっ?
 黒人じゃなかった?」
「それ、ラングストン・ヒューズですよ。」
「あ、そだ、そだ。
 恥ずかしっ。
 ラングストン・ヒューズの詩集だ。
 たくさんおいてあったよ。
 でも、なんで黒人の詩人の詩集がたくさん置いてあったんやろか?」
「さあ。」
「ヘミングウェイって詩人じゃないけど
 拳銃自殺でしょ。
 三島は切腹だし。
 いろんな自殺の仕方ってあるからね。
 アフリカや南米って
 自殺じゃないけど、たくさん詩人や作家が
 焼き殺されたり、首吊られたり、拷問されて死んでるし
 ソビエト時代のロシアでも獄死とか処刑って多かったし
 文化革命のときの中国もすごかったでしょ。
 いまの日本の詩人や作家って
 そういう危険な状態じゃないから
 ぼくもそうだけど
 生ぬるいよね。
 でも、個人の地獄があるからね。」
「そうですね。」
「みんな、自分の好みの地獄に住んでるしね。
 まあ、生ぬるいって言えば、生ぬるいし。
 最貧国のひとたちから見れば
 どこが地獄じゃ~!
 って感じなんだろうけどね。
 そうそう、エリオットの『荒地』に
 タロットカードが出てくるでしょ。
 あれに溺死人って出てこない?」
「出てきましたか?」
「首吊り人もあったよね。
 あったと思うんだけどさ。
 あ
 溺死人のこと
 ぼく、書いたことあるような記憶があってね。
 溺死人はあったよね。
 なかったかなあ。」
「あったかもしれませんね。」
「ジェイムズ・メリルは
 ウィジャ盤ね。」
「あの詩の構造ってすごいですよね。
 ウィジャ盤を出せば
 なんでもありじゃないですか?
 なんでも出せる。」
「そうそう。
 イーフレイムも
 最後の巻で
 ガブリエルだってわかるしね。
 すごい仕掛けだよね。
 ぼくもそんな仕掛けの詩集がつくりたいなあ。
 もう
 なんでもありなの。」
「すでにやってるじゃないですか?」
「えっ?
 そうお?
 そうかなあ。
 でもさ
 ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ読んでさ
 パウンドやジェイムズ・メリル読んだらさ
 ほんとに、もう
 なんだったっていいんだ
 なに書いたって詩になるんだ
 って思わせられるよね。
 自由に書くってことね。
 書く自由かな?
 まあ、ぼくだって
 これまで好き勝手に書いてきたつもりだけど
 これからもますます好き勝手に書いてくつもりよ。」
「『舞姫』は、どうなんですか?」
「あれ、だめ。
 The Wasteless Land.のVにするつもりだったけど、やめたわ。
 設定が窮屈で、自分で書いてても、ぜんぜんおもしろくないんだもの。
 でも、その断片のひとつに、主人公の詩人の双子の兄が出てくるんだけど
 そのお兄さん
 自分の顔を緑色に塗って出てくるのね。
 エリオットって
 顔に緑色の化粧をしてたんだって。」
「ほんとですか?」
「そだよ。
 本で読んだ記憶があるもん。
 でね
 それ
 エリオットが顔を緑色に塗ってたってことを本で読む前に書いてたの。
 自分の作品にね。
 主人公の双子の兄が
 贋詩人って名前で出てくるのだけれど
 顔を緑色に塗って出てくるの。
 しかも
 その緑色の顔は崩れかけていて
 ハリガネ虫のようなものが
 いっぱい這い出してくるの。
 その緑色の崩れた皮膚の下から
 その緑色の崩れた皮膚を食い破りながらね。
 エリオットって
 病気しているみたいに見られたいって思って
 顔を緑色に塗ってたんだって。」
「どこまで緑だったんでしょう?」
「マスクマンみたいなんじゃないことはたしかね。」
「ジム・キャリーのですね。」
「そうそう、あのマスクだと警察官に尋問されるんじゃない?
 顔グロの男の子や女の子は尋問されなかったのかな?」
「されなかったでしょう。」
「されたら、人権問題なのかな?」
「かもしれませんね。」
「そだねえ。
 あ
 じゃあ、さあ
 全国指名手配の犯人が顔グロにしてたら
 警察官に捕まんないんじゃない?」
「それはないでしょう。
 目立ちますよ。」
「そうかな。」
「そうですよ。」
「顔、わかんないはずなんだけど。」
「いやあ
 目立つでしょう。」
「じゃあさ、手に
 なんか、ひらひらしたもの持って
 それ揺らしながら歩くってのは、どう?」
「目立つでしょう。」
「なんで?
 手に目がいって
 顔、見ないんじゃない?」
「どんなやつかなって思って
 顔、見るでしょう。」
「そかな
 顔、見るかな
 そだなあ
 見るかなあ。」
ユリシーズがスカトロ文学であるとか
主人公が
スティーヴン・ディーダラス
じゃなくて
ブルーム何とかだったかな
湊くんは正確に言ってたんだけど
いまこれ書いてるぼくの記憶は不確かだけど
新聞の記事を読みながら
その下の缶詰肉の広告に目をうつして
うんこしてた話とか
お尻を叩いてもらうために女のところに寄る話だとか
ジェイムズ・メリルがめっちゃお金持ちで
お金の心配なんかなくて
男の恋人とギリシアに旅行に行ってたりとか
でも
上流階級のひとは
上流階級のひとなりの悩みや苦労があるはずだよね
とかとか
そんな話や
パウンドの『ピサ詩篇』の話で
すっごくお酒がおいしかった。
12月までに言語実験工房の会合を開くことにして
四条木屋町にある阪急電車の入口の前で
バイバイした。
またね
って言って。
「彼女がディズニーランドに行ってるんですよ。」
「千葉の?」
「あつすけさんって、遊園地とか行きますか?」
「行ったことあるけど
 デートもしたし
 でも
 詩には
 書いたことないなあ。
 もう
 毎日が
 ジェットコースターって
 いっつも口にしてるんだけど。」
「そうですね。
 よく口にされてますよね。」
「もうね
 ほんと
 毎日が
 アトラクションなんだよね。」
自転車で轢き潰されたザリガニたち
ハサミのない両前足をあげて祈る
祈る形。
雨の日のヒキガエル。
ブチブチと
車に轢き潰される音。
ビールがおいしかった。
焼鳥がおいしかった。
マスターのみつはるくんの盛り上がった胸と肩と腕の肉。
帰るときに店の外まで見送ってくれたけど
ぼくは見送られるのが嫌いなんだよね。
短髪だらけのゲイ・スナック。
河原町ですれ違ったエイジくんに似た青年の顔が思い出された。
かわいかった。
最後に会った日の翌朝のコーヒーとトースト。
味はおぼえていないけど。
ふへふへ~。
「そういえば
 いま、『源氏物語』をお風呂につかりながら読んでるじゃない?」
「そうですよね。
 つづいてますよね。」
「そ
 いま、しょの28かな。
 「絵合えあわせ」ってところね。
 源氏自身が自分の悲惨な状況にあった須磨での暮らしぶりを
 絵にしたんだけど
 それが、みんなにいちばんいい絵だと言われるっちゅう場面ね。
 その
 須磨の源氏の状況って
 もちろん
 『ピサ詩篇』のころのパウンドのほうが
 ずっと悲惨だったのだけれど
 偶然だよね。
 『ピサ詩篇』読んでたら
 違うわ
 『源氏物語』を読んでたら
 『ピサ詩篇』を読んでて
 須磨の源氏
 って言葉が出てくるのって。」
「偶然ですね。」
「偶然こそ神って、だれかが書いてたけどね。」
「それもミクシィに書いてましたよね。」
「書いたよ。
 で
 いま
 お風呂場では
 「絵合」のつぎの「松風」
 読んでるんだけど
 源氏がさ
 明石の姫君を京都に呼ぼうとして
 家、建てさせてるのね。
 これまで付き合った女たちを
 みんな、自分のそばに置いておきたいと思って。」
「最低のやつですね。」
湊くんが笑った。
「そだよね。
 ま
 置きたい気持ち
 わからないこともないけどね。
 でも
 ふつうは
 そんな余裕ないからね。」
イスラム圏の国じゃ、
たくさん嫁さんを持てるんだろうけどね。
いや
日本でも
お金があったり
特別な魅力があったり
口がじょうずだったりしたら
たくさん恋人が持てるか
いや
恋人じゃなくて
愛人かな
わからん
とかとか話してた。
しかし
ちかごろじゃ
セクフレちゅうものもあるみたいだし。
前に
ゲイのサイトで
「SF求む。」
って書いてあって
へえ、ゲイ同士でSF小説でも読むのかしら?
と、マジに思ったことがあるけど
シンちゃんに、このこと言うと
「それ、セクフレ求むって読むんだよ。」
って言われ
「なに、セクフレって?」
ってきくと
「セックス・フレンドって言って
 恋人のように情を交わすんじゃなくて
 ただセックスすることだけが目的で
 会う相手ってことだよ。」
って言われた。
はあ、そうなの?
恋人のほうがいいと思うんだけど。
ぼくには、セックスだけって
ちょっとなあ
さびしいなあ
って思った。
そんなんより
ひどい恋人がいるほうが
ずっとおもしろいし
楽しいし
ドキドキするのになあ
って思った。
そういえば
パウンドも
奥さんいるのに
愛人ともいっしょにいて
最期についてたのは
愛人のほうだったっけ。
まあ
奥さんは
パウンドがアメリカで倒れたときには
ヨーロッパにいて
しかも病気で動けなかったから
仕方なかったんやろうけど。
ああ
ぼくの最期は
どうなんやろ
いまもひとりやけど
そんときもひとりやろか
わからんけど。
湊くんの顔を見る。
湊くんは、いいなあ
恋人がいて
仲良くやってるみたいだし
じっさい、仲いいし
とかとか思った。
笑ってる。
焼鳥がおいしい。
ビールがおいしい。
話も盛り上がってる。
「手羽のほう
 ぼくのね。
 レバー
 ぼく、食べられないから。」
「そうでしたね。」
あらたに、テーブルに置かれた6本の串。
間違うことはないだろうけど
間違われることはないだろうけれど
意地汚いぼくは
さっさと手羽を自分の取り皿の上に置いて確保した。
さっさと
そう
まるで
新しい恋人を
だれにも取られないように
自分の胸に抱き寄せる若い男のように。
だれも横取りしようなんてこと
思ってもいいひんっちゅうのに。
ってか
下手な比喩、使ったね。
ごめりんこ。
っていうか
オジンだけどね。
わっしゃあなあ、
あなたの顔をさわらせてほしいわ。
破顔。
戦争を純粋に楽しむための再教育プログラム。
ぼくは
金魚に生まれ変わった扇風機になる。
狒狒、
非存在たることに気づく。
わっしゃあなあ、
湊くんとしゃべっていて
一度だけ
目を見てしゃべれないときがあったのね。
ジェイムズ・メリルの『サンドーヴァーの光・三部作+コーダ』を
原著で持ってるらしくって
そんなに分厚くないけどって話で
書肆山田の翻訳って、すっごい分量じゃない?
それは、ぼく、持ってるんだけど
やっぱり、原著もほしいなあって思った。
いつか買おうっと。
で、書肆山田から出てる翻訳のもの
貸してもらえませんかって言われたの。
1冊1冊が分厚いやつ、全4冊ね
ぼく、本はあげられても、貸すことはできなくて
気持ち的にね
むかしからなんだけど
でね
聞こえてないふりしたの。
それで
返事しないで
焼鳥に手をのばして
聞こえていないよって感じで
ビールを飲んで
違う話をしたのね
ジョン・ダンの詩集について。
悪いことしたなあ
ぼくってケチだなあ
貧乏臭い
ゲンナリ
自己嫌悪になっちゃった。

話を戻すと
パウンドの『キャントーズ』が全部入ってるやつ
「全部で117篇だったっけ?」
それもそんなに分厚くないし
ウィリアム・カーロス・ウィリアムズの『パターソン』も5巻だけど
そんなに分厚くないしって。

『パターソン』って未完だったんだ。
湊くんから教えてもらって
思い出した。
そだ、そだ、そんなこと書いてあったような気がする。
気がした。
そんで
原著なら、そんなに分厚くないって教えてもらって
あの訳本、すんごい分厚いんだもん
これまで原著を買おうとは思わなかったけど
ほしくなっちゃった。
パウンドの『キャントーズ』も
そんなに分厚くないって
手振りで、だいたいの厚さを教えてもらって
ウィリアム・カーロス・ウィリアムズの『パターソン』も
パウンドの『キャントーズ』も
原著がほしいなあ
って思った。
いつか買おうっと。
ほんとにね。
「縦書きと横書きでの違いもありますよ。
 横書きだと、かなり詰め込めるんですよ。」
原著がなぜ
翻訳より分厚くないか
その理由ね。
それにしても
ケチ臭いぼくやわ~。
つくづく。
づつくく。
「秦なんとかって歌手
 下の名前を忘れちゃったけどさ
 いま流行ってるのかな。
 知らない?」
「知りませんねえ。
 わかりません。」
「えいちゃん!
 秦なんとかっていう名前の歌手知らない?
 若い子で
 いま流行ってるみたいなの。」
えいちゃんがカウンターのなかから
「知ってますよ。
 秦(なんとか、かんとか、忘れちゃった)でしょ?」
「そ
 それ
 でもね
 HMVで試聴サンプルで置いてあったから聴いたけど
 ダメやった。
 アレンジが完璧にしてあるの。
 芸術の持ってるエッジがないのね。
 芸術ってさ
 欠けてるとこがあるんだよね。
 アンバランスというかさ
 不均衡なところがあるんだよね。
 過剰な欠如もあるし
 過剰なの
 でも
 欠如してるの。
 それがエッジなの。
 アンバランスね。
 アレンジが歌謡曲やった。
 完璧にしてあるの
 歌謡曲のアレンジが。
 ほかの人の耳には
 いいのかもしんないけど。
 ぼくには
 芸術じゃないものの持つ二流品の感じがしたの。
 芸術じゃないわ。
 バランスの欠如がないのね。
 欠如がないって
 変な言い方かもしんないけど
 通じるよね。
 芸術作品のエッジは
 バランスの欠如がもたらしてるの。
 あ
 これ
 パウンドやメリルの
 抒情性の配分の絶妙なバランスとは違った話してるからね。」
「最近、論語を読んでるんですよ。」
と湊くん。
「論語って、孔子だった?」
「そうですよ。
 あの
 いずくんぞ
 なになに
 というところが繰り返し出てきて
 詩みたいなんですよ。」
「リフレインはね
 なんだって詩になっちゃうからね。
 あの『ピサ詩篇』の
 固有名詞
 わかんないけど
 音がきれい。
 何度も出てくる名前があるじゃない?
 それもリフレインだし
 あの「雨も「道」の一部」とかさ
 「風もまた「道」の一部/月は姉妹」とかさ
 最高だよね。
 こういった抒情のリフレインのパートも、めっちゃ抒情的だしね。
 でも
 同じ感情はつづかないのね。
 だから
 意味のないパートというか
 無機的な感じの固有名詞のパートとか
 政治や経済のパートと
 抒情のパートの配分が大事でね。
 ずっと抒情的だったら
 飽きるでしょ。
 ずっと無機的でも、嫌になるんだろうけれど
 でも、ジェイムズ・メリルは、すごいよね。
 そのバランスがバツグンなんだよね。
 楽々とやっちゃうじゃない?
 余裕があるのね。
 ある意味、パウンドには余裕がなかったじゃない?
 まあ、ほんとは、あるんだろうけれど。
 詩をつくるという時点でね。
 無意識にでもね。
 悲しみを書くことで
 悲しみから離れるからね。
 喜びになっちゃうからね。
 でも、あの歴史的な悲劇
 第二次世界大戦というあの悲劇と
 パウンド自体が招いた悲劇のせいで
 余裕がないように見えるよね。
 メリルは、その点
 歴史的な悲劇を被っていなかったということでラッキーだったし
 しかも
 お金持ちだったでしょ。」
「そうですね。
 お金持ちですよね。
 恋人とギリシアにいて(なんとか、かんとか~、ここ忘れちゃった)」 
「アッシュベリーって
 難解だって言われてるけど
 ぜんぜん難解じゃないよね。」
「そうですよ。
 ぜんぜん難解じゃないですよ。」
「抒情的だよね。」
「そう思いますよ。」
「大岡さんが学者と訳してるものは
 わかりにくかったけど
 書肆山田から出てる『波ひとつ』は
 ぜんぜん難しくないし
 すごく抒情的で、よかったなあ。」
「大岡さんと組まれた翻訳者の訳
 あれ
 間違って訳してますからね。」
「そなの?」
「そうですよ。
 間違って訳してますからね。
 それは、難解になるでしょう。
 もとは、ぜんぜん難解じゃないものですよ。
 ぼくも
 アッシュベリーは抒情的だと思いますよ。」
「そだよねえ。
 そうだよねえ。
 抒情的だよねえ。」
「抒情的ですよね。」
「きょうさ
 ブックオフも行ったんだけど
 そこでね
 山羊座の運命
 誕生日別、山羊座の運命の本
 ってのがあってさ。
 あなたの晩年には
 あらゆる病気が待っているでしょう
 って書いてあってね
 びっくらこいちゃった。
 あらゆる病気よ
 あらゆる病気
 神経科、通ってるけどね。
 不眠症でね。
 実母も精神病だし
 そっち系は、すでにかかってるからね。
 そだ。
 神経痛
 関節炎
 そんなものにとくに気をつけるように書いてあった。
 まあ
 もう
 こうなったら
 あらゆる病気よ
 来い!
 って感じだけどね。」
「そんなん書いてるの?」
と、大黒のマスター。
「そだよ。
 もう
 どんどん来なさいっつーの。
 ひゃははははは。」
「でも
 齢をとれば、だれでも、病気になるんじゃないですか?」
「ほんとや。」
「こちら、はじめてですよね。」
マスターが湊くんに向かって
でも、ぼくが口を挟んで
「ぼくは、さっき
 違うと思ったけど
 はじめてみたい。
 で
 このひと
 詩人
 翻訳家
 大学の先生
 で
 俳句も書いてるのね。」
「翻訳って
 通訳もなさるのかしら?」
「通訳は(なんとか、かんとか~、ここもまた忘れちゃった~、ごめんなさい)」
「同時通訳って難しいんでしょ?」
とマスター。
「そうですね。
 5年が限度でしょうかね。」
ぼくはピンときた。
きたけど
「なんで?」
って、言葉が先に出た。
あらま
なんてこと
きっと、サービス精神旺盛な山羊座のせいね。
「日本語と語順が違うので
 ある程度、先読みして通訳するので
 しんどいんですよ。
 相手が言い切ってないうちからはじめるので
 ものすごい負担がかかるんですよ。」
「そだろうね。」
マスターが、このあいだテレビでやってました、とのこと。
それできいたみたい。
「日本語同士で通訳してるひといるじゃない?
 横でしゃべってるひとの言葉を
 ちょこっと変えてしゃべるひと
 いない?」
「いますね。」
「いるよねえ。」
さあ、カードを取れ。
どのカードを取っても
おまえは死だ。
溺死人
焼死体
轢死
飛び降り
ばらばら死体
首吊り人
好きな死体を選べ。
子曰く、
「いまだ生を知らず、いずくんぞ死を知らん。」
さあ、カードを取るがいい。
好きな死体を選べ。
あの子
オケ専ね。
死にかけのジジイがいいんだよね。
「棺おけのオケ?」
天空のごぼう抜き
空は点だった
「なに、クンクンしてんの?」
哲っちゃんが
ぼくの首にキスしたあと
首筋にクンクンしてるからきいた。
「あつすけさんの匂いがする。」
哲っちゃん
ツアー・コンダクターの仕事
どうしてもなりたくて
って
高校出たあと
ホテルの受付のバイトをしながら
自分で専門学校のお金を工面してた
哲っちゃん
「はじめての経験って
 いつ?」
「二十歳んとき
 高校のときのクラブの先輩にせまられて。」
クラブはゲイにいちばん多いバレーボール、じゃなくて
そのつぎに多いクラブ
水泳じゃないし、笑。
ラグビーね
アメフトも多いらしいけれど
ぼくが付き合ったのは
ラガーが多かった。
アメフトは一人だけ
顔や声はおぼえてるけど、名前は忘れちゃった。
いま、どうしてるんだろうなあ
超デブで、サディストだったけど、笑。

魚人くんも
アメフトだった。
恋人として付き合ってはいないけど、笑。
好きよ。
好きな死体を選べ。
「歯茎フェラね。」
なんちゅう言葉!
笑った。
オケ専ね
棺おけに片足突っこんでるジジイがいいのね
あんがい、カッコかわいい系の子が多いんだよね
オケ専って。
「死にかけのジジイ犯して
 心臓麻痺で殺そうってことかな?」
「どやろ?」
とコーちゃん。
そか。
その手もあったか。
ぼくの肩に触れる手があった。
湊くんだった。
「これから日知庵に行くんだけど
 いっしょに行く?」
「いいですよ。
 時間ありますから。」
さあ、カードをお取り。
好きな死体を選べ。
子曰く、
「いまだ生を知らず、いずくんぞ死を知らん。」
「こちら、はじめてですよね?」
硬い鉛筆で描く嘴をもつものを
「果物のなかでは
 なしがいちばん好きなんですよ。」
「なんで?」
「果物のなかで
 なしが、いちばん水分が多いから。」
「はっ?」
火のついた子どもが
石畳の上に腰かけている。
コンクリートの階段に足を下ろしながら
夕暮れの薄紫色のなかで。
「地方詩人じゃなくて
 頭がパーになったほうの
 痴呆ね。
 どう?
 痴呆詩人。」
「音がいいですね。」
「いいね。
 名前をあげていこうかな。
 ひゃはははは。」
さあ、カードを取るがいい。
おまえが選ぶカードは
すべて死だ。
好きな死体を選べ。
溺死人
焼死体
轢死
飛び降り
ばらばら死体
首吊り人
好きな死体を選べ。
「『舞姫』の設定ってさ。
 ぜんぜん違うものにしようと思うのね。
 パラレルワールドっていうのは同じなんだけど
 リゲル星人じゃなくて
 違う進化をした並行宇宙の地球で生まれた
 巨大なイソギンチャクでね。」
「それじゃ、『舞姫』の設定じゃないですよね。」
「そうそう、できないよね。
 『舞姫』の設定って
 すんごい窮屈なの。
 まず、SFってことで窮屈だし。
 設定が、ぼくにはチューむずかしいし。
 嫌になってるのね。
 放棄だな。
 いや
 放置かな。
 もう
 放置プレーしかないかも
 なんてね。」
「首吊り人って
 首をくくられるほう?
 それとも、くくるほう?」
さあ、カードを取るがいい。
おまえの選ぶカードは
すべて死だ。
好きな死体を選べ。
「それって
 まんま
 はみごじゃんか。」
「あつすけさん
 はみごじゃないですよ。
 リリックジャングルの、なんとか、かんとか~。」
「そなの?
 そだったの?
 そだったのね~。」
台風のつぎの日の朝
鴨川の河川敷には
自転車に轢き潰されたザリガニたちの死骸が
ブチブチと踏み潰されてく琵琶湖のヒキガエルたち。
10個も乳首、見たけど
ひとつもええ乳首はなかったわ。
ちゃう、ちゃう
ちゃうで。
きみのほうが
10個の乳首に吟味されてたんやで。
マスターがきいた。
「哲っちゃんって
 ラグビーやってたの?」
「そだよ。
 高校のときだけどね。
 めっちゃカッコよかったけどね。」
「写真はあるの?」
「あるよ。」
「こんど見せて。」
「いいよ。
 いっしょに詩の朗読会に行ったとき
 ちょっと、ぼくが哲っちゃんから離れて飲み物を頼んでたら
 知ってる詩人の女の子が
 いっしょにきたひと
 あつすけさんの恋人ですかってきくものだから
 そだよっていったら
 カッコいい
 って言ってたよ。
 まっ
 カッコよかったけどね。」
「ふううん。」
「でもね。
 会うたびに
 カッコよさってなくなっていっちゃうんだよね。
 遠距離恋愛でさ。
 ぼくが和歌山のごぼうに行ったり
 哲っちゃんが京都の北山に来てくれたりしてたのね。
 でも、はじめて、ごぼうの彼の部屋に行ったとき
 びっくりしちゃった。
 『名探偵コナン』
 のDVDが部屋にそろえておいてあったの。
 しかも
 DVD
 それだけだったんだよね~。
 なんだかね~。
 で
 付き合ってるうちに
 カッコいい顔が
 だんだんバカっぽく見え出してね。
 嫌になっちゃった。」
さあ、カードを取るがいい。
どのカードを取っても
おまえは死だ。
溺死人
焼死体
轢死
飛び降り
ばらばら死体
首吊り人
好きな死体を選べ。
「哲っちゃんとは、どれぐらい付き合ってたの?」
「えいちゃんの前だよ。
 一年くらいじゃない。」
「へえ。」
「ハンバーグつくってくれたりしたけど
 料理は、めっちゃじょうずやったよ。
 でね
 ハンバーグをおいしくするコツってなあにってきいたら
 ひたすらこねること、だって。」
火のラクダ。
それ、俳句に使うのね。
感情の乱獲。
スワッピング
って
いまでも、はやってるのかしら?

スワッピングって言葉のことだけど、笑。

使ってるかどうかなんだけど。
「水分が多いでしょ。
 だから好きなんですよ。」
「はっ?
 なんで?
 なんで?
 なんで?」
子曰く、
「いまだ生を知らず、いずくんぞ死を知らん。」
さあ、カードを取るがいい。
おまえが選ぶカードは
すべて死だ。
好きな死体を選べ。


自由詩 もうね、あなたね、現実の方が、あなたから逃げていくっていうのよ。 Copyright 田中宏輔 2024-10-24 19:38:41
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