銀河の動脈
船曳秀隆
銀河の動脈
船曵 秀隆
Ⅰ
天空博覧会に入れなかった帰り道
河原で一冊の詩集を拾った
筆が
私の中で身を起こしはじめた
宇宙に向かって枝を伸ばしはじめた
読みながら部屋に帰った
ふと 爪先の細胞膜に宇宙を感じた
目を凝らすと
煌めき脈打っているのは
銀河の動脈
かすかに震えているのは
星雲の静脈
呼吸は宇宙のリズムと重なっていく
鼓動はそれと呼応していく
私の中の噴水から私という詩が湧き上がっている
初めてこの夜
宇宙に私の筆が触れた
Ⅱ
やがて 太陽系の軌道を離れるひと筋の彗星のように
私は宇宙の軌道からそっと離れていった
嗚呼 私だけが宇宙から抜け落ちている
そしてその私だけが
誰も届かない場所で
宇宙からはぐれた孤独の力で詩をしたためた
いいえ
誰にも伝えるつもりは無かったんだよ
一瞬 宇宙に重なったこと
私の筆が初めて宇宙に触れたこと
私はこの部屋で
詩にした自分を宇宙に捧げた
私だけが時間から抜け落ちている
この場所で知ったこと見つめたことを詩に記そう
数十年後の自分が
この詩を救ってくれるかもしれない
数百年後の誰かが
この詩を救ってくれるかもしれない
そんな些細な希望を
一日一日 頁をめくっては 宛ても無い詩に
縋りつくように託している
詩だけが世界へと這い上がるように
一歩一歩よじ登っていく
私はノートを詩に染めた
頁の狭間は宇宙空間の歪みのようだ
その果てにはブラックホールが在るのだろうか
詩だけが宇宙へと這い上がるかのように
一筆一筆紡ぎ出されていく
いずれ私はすべての私を忘れ去るだろう
人類の雪が降りしきる中
詩の傘のみが守ってくれるだろう
どんな吹雪の中でも
そして 密やかに世界に溶け込もう
もし この日を思い出す日が訪れたなら
この詩を読み上げて
ついにこの日の詩が救われたことを
私に一語一語伝えよう
誰もいなくなった遥か銀河の雪原で
全てを悼むように
私は宇宙に詩集を手放した