Shattered
ホロウ・シカエルボク
氷山の心臓に居るような凍てつきと遮断を感じていた、外気温は決してそんなに低くはなかったが…おそらくは俺の問題なのだろう、完全にシャッタードされていた、それはある意味で俺が望んだことだったのかもしれないが、俺の望んだ形とはまるで違っていた、すべてが望み通りにはいかない、そんなことはわかってはいたけれどそれでも怒りを感じずにはいられなかった、だが俺の感情にはいつも同じ落度があった、喜怒哀楽、あるいはそれらの複合的な様々な感情には、どこか一歩引いたようなところがあり、それが本当に自分の感情なのかわからないという落度だった、落度という表現が正しいのかどうかはわからない、ただこう表現するよりしかたがないというものであることは理解して欲しい、ともかく俺は氷河期を迎えていた、凍てついて、遮断されて、面白くなかった、孤独でもあったが、俺はそれを悪いものだと感じたことはなかった、書きたいときに書きたいものを書くことが出来るし、集中も容易い、持って生まれた業のようなものだ、孤独であるということはむしろ喜びでもある、一切の余計なものが入る余地がない、それは遮断ではない、それは遮断の内には入らない、それはステイタスというものだ、見慣れた部屋に居ながら、クソ高い氷の壁と天井を見上げていた、太陽の光なのか、氷の胎内で反射して巨大なスパンコールみたいな光を散りばめていた、氷の中で本当に光がそんな風に見えるのかどうかはよくわからなかった、いったい、そんな経験のあるやつなんて居るのかね?経験したとしたら、その時点で死んでいるような気がしてならないんだけど―まあ、こいつは流そう、結論が出ないとわかっていることをいつまでも考えていてもしかたない、それにこれは、例えるなら氷、氷山というようなものだ、概念的な氷山だ、本質的な氷山と違っていてもなんの問題もないだろう、つまるところ、これは―俺の為に設えられた、オーダーメイドの氷山ということになるだろう、誰のオーダーだというのだ?…俺でしかありえなかった、だけど不思議なことに俺にはそんなものを発注した覚えはないんだな、これが…そもそもどこに発注すればいいのかすら知らないしね、こんな風に考えると知らないことばかりだな、本当に、俺には知らないことが多過ぎるんだ、まあ、知っていると思っている連中よりは幸せなのかもしれないな、時刻は確か二十二時頃だった、つまり、この派手な光も太陽の光ではないということになる、俺は時計を見ていたんだ、たまたまね、だから、そのことにも気づくことが出来た、まぁ、時間がわかったところでなにかの役に立つわけでもないんだけどね…スマートフォンはポケットに入っていなかった、入れてあったところで、それが通用する場所のなのかどうかわからなかった、まともなことじゃない、氷山の心臓ってなんだ?そこには確かに鼓動があったのだ、キツツキが定期的に遠慮がちに突いているような鼓動が―さて、目下のところ、俺に出来ることは二つだった、じっとして、なにかが起こるのを待つ、とにかく頭の中で、なんでもいいから闇雲に思考することだった、体力勝負に出る気は最初からなかった、概念上の世界ではそんなものなんの役にも立たない、全盛期のスタン・ハンセンだって、氷山を内側から突き破るなんてことは出来ないはずさ、俺は両方いっぺんに実行することにした、なんでもいいのだ、思いつくままに考えることにした、最初は、どうして自分がこんなところに閉じ込められたのかという点について―といって答えは考えるまでもなかった、まるで心当たりなど無いのだ、良いことも悪いこともそれほどする人間ではないし、氷に恨みを買うような真似をしたこともない、だいたい、どんなことをすれば氷に恨まれるのか想像もつかない、飲物を冷やして飲むことが罪なら、ファミレス帰りの人間たちは全員ここに閉じ込められるだろう、まるで心当たりがない、という簡潔な結論を俺は手に入れた、当然ながらなんの役にも立たない、しかたがないので、自分がこれまでにした良いことと悪いことの数を数えることにした、もちろん、記憶にある限りでだけど―これは、思っていたより非常にハードな作業だった、半分ほどの自分の人生を後悔しなければならなかった、しばらくの間なにも考えられずぼんやりと座っていた、後悔したほとんどの出来事が、当時は悪いとすら思っていないことばかりだった、だけど、もうどうしようもない、考えを切り替えて自分がこれまでに書いてきたさまざまな文章のことを考えた、書いたときの勢いだけで自己評価を高くしているものがたくさんあった、こうして久しぶりに振り返ってみると結構恥ずかしいものもいくつかあった、なにかしらの文体にかぶれていた時代というのも当然あったから、だけどここ数年のものはまずまずだった、贔屓目抜きに良く出来ていると思えるものがたくさんあった、ああ、と俺は思った、悪くない、満更じゃない気分だった、ふう、と息を吐くと少しリラックスした、その瞬間、俺の目の前に床屋で髭を剃るようなカミソリと、手のひらくらいの俺にそっくりな人形が現れた、それをどうすればいいのかは直感的に理解出来た、俺は迷わずカミソリと人形を手に取り、首を狩った、どういう素材なのかわからなかったが、首は簡単に撥ね飛ばされ、どこかへと転がって見えなくなった、その瞬間、俺は自分の部屋に戻っていた、時刻は二十二時を数分過ぎたくらいだった、引っかかれたあとのように首が痒かった、奇妙なほど疲れていたので眠ることにした、今日はなにも詩を書いていないのにとても長い詩を書き終えたあとのような気がしていた。