海亀は空を渡る
アラガイs


Let's meet in the sky
                   わたし暗い海の底を眺めてると丸い石を投げたくなるの

知らせがきて、いつもの浜辺を通り過ぎたのは気圧の低い真夜中だった

踏切を横断すれば山の中腹に病院の白い壁が薄青くみえてくる

逃げ水を打つような噎せ返る重たさに

何かの気配を感じとっていた

それは昼間屋上から見上げた空に

二羽の鳥が仲睦まじく海の方角へ帰っていったから

タクシーを降りるとすぐに受け付けへ向かった

    …こちらで休んでいてください

病室に入ると隣り合わせのベッドには布団が用意されていた

深く息を吸い込みながら薄い母の眼は細く開いたままだった

 …今晩が山になりますから

若い看護師はそう言うとドアを静かに閉じた

皺だらけの萎れた頬とは反対に艶のある額

かるく手をあてるとしばらく眺めていた

据え置きの冷蔵庫から冷たいお茶を出して少し飲む

上着を脱いでベッドに横たわるとこれからの事が空回りしては消えた

横を向いて母のほうを見やる  この女性の苦労 生い立ち 
                             そして…
父親の介護のため、わざわざ別居して帰って来た同級生の彩花のこと

彩花、そう、母は彩花の派手な素振りを嫌ってた

もう20年近く会っていないけどたまには連絡を取り合う仲だった

二人は絵画倶楽部で、よく石に落書きをしたりして遊んでた  海の…

      いつ眼を閉じたのか…わからないくらい私は疲れていた


                          mother nature's son

  ガタガタと音がしてドアが開いたので眼が覚めたようだ

      …お母さん、お亡くなりになられた様子ですよ

気がつかなかった   ---モニターの音も止まっていた

しばらくすると白衣を着た医師と看護師が二人に増えて

わたしはすぐに通路で良雄に携帯を入れた


      …おまえ、節子叔母さんには連絡したか? 
さっきしてみたけど真美ちゃんが出て、叔母さんも入院してるって、でね、真美ちゃん付き添ってるらしいのよ…

それから20分して良雄が病院に到着した。私たちの小さな子供を連れて…


…まだ家族に嗚咽はなかった。

霊安室で一通りの儀式を終えると腫れた瞼で霊柩車の到着を待っていた。

良雄は…これから用意がたいへんだな……と呟いて子供たちを連れて一足先に車で帰っていった。

わたしが霊柩車に乗り込むと、看護師の二人が深々とお辞儀をして見送ってくれた。

もうすっかり夜も明けて、小鳥たちの白々とした囀りが聞こえてくる

                 踏切を渡り霊柩車から見渡す蒼い海原

肌寒さを感じて薄いニットのカーディガンを羽織れば

                         いま、気づいたように引き潮に連れて
        
         二羽の鴎が砂浜の敷石を飛び立っていった。

亀甲模様の座布団が揺れていた。












自由詩 海亀は空を渡る Copyright アラガイs 2024-10-06 22:12:58
notebook Home 戻る