依存症
涙(ルイ)
泣きたい理由でもないのに ボロボロ涙があふれてる
悲しくもないのに 悲しい何かを探してる
退屈とため息と他には何もない 静まり返った部屋の中
置き去られた子どものように うなだれて膝を抱えた女がひとり
ずっとひとりのままならよかった
そうすればこんな思いもすることなんて きっとなかった
最初は週に1度か2度 ほんの10分程度だったあんたの電話が
いつの間にか毎日に変わっていって
それこそ朝から晩まで1日中
あんたの声を聞かない日がなくなっていった
あんたは自分の話に夢中になると
少しまわりが見えなくなるタイプだったけど
くだらない話をしては よく笑い合った
あんたはとてもおしゃべりだったし
あたしはあまり話すのが苦手だったから
ちょうどいいと云えばちょうどよかった
あんたはたびたび 家の前が小学生の通学路になっていて
朝に夕に小学生が通るたびにうるさくてたまらない とか
ネットのある記事に対して 自分のことを云ってる悪口だ
と 憤慨することがあった
あたしは大変だね と前置きしつつ
通学路を変えることはできないのだから
どうしても我慢ならなければ その時間だけ違う場所へ避難したら?
ネットの記事は 別にあんたのことを云ってるわけじゃないと思うよ
大体 その記事書いたひとのこと 知ってるの?と
なるべく火に油を注がないよう やんわり提案したり
絵の個展を開くために ポスターなどを作らなきゃならないって
手伝えることがあれば手伝うよって云えば
次から次から あれもこれもと云い出してきたり
おいおい 頼むんならひと言くれよ なんて思いながらも
あたしもバカだよね つくづくバカだとそう思うわ
ありがたいともなんとも思われもしやしないのに
一生懸命になっちゃうんだから
どれだけ言葉を尽くしても
どれだけの時間を共にしても
一ミリも縮まらない距離もある
ひとりとひとりは
いつまで経ってもひとつにはなれない
繋がっていたのは 心なんかじゃなくて
電源を切ってしまえばそれっきりの
心もとないただの電波
一体あたしたち これまで何を語ってきたのかしら
何もひとつも 届いていなかったのね
あたしの話をなんて聞いていたの
本当はバカにしてたんでしょ
心ん中で笑ってたんでしょ
あんたにとってはただの暇つぶしでしかなかったなんてさ
なんかもう ホント力抜けちゃいましたよ
なにやってんだ自分って感じですよ
生きてるの やんなっちゃいますよ
人間 怖いですよ
やっぱり何考えてるんだか さっぱりですよ
信じるとかもう どうでもいいやってなっちゃいますよ
いちいち裏を詮索しているこんな自分
またキライになりそうですよ
もう ほとほと疲れちゃいましたよ
あんたがあんなに何度も何度も電話してきたりなんかするから
余計な期待なんかさせるから
ひとりでいることなんて なんでもなかったのに
いまじゃあんたが置いていった余計な淋しさの分だけ
冷たい風が 心の空洞にひゅうひゅう音を立てて
吹き荒れているわ
あれからあたし 何にもする気が起きないのよ
ごはん食べる気力もお風呂に入る気力も
部屋を掃除する気力も
なんにもなくなってしまったわ
胸のあたりが息苦しくて
うまく呼吸ができないよ
おかしいな おかしいね
こんなふうになっちゃうなんてさ
夢見ちゃってたのかもね
こんなあたしでも 必要とされてるのかもしれないなんてさ
そんなわけないのにね
そんなこと あるわけないのに
静かすぎる部屋は あまりにうるさすぎて
耳を塞いでも 心を閉ざしても
とても耐えられそうにないから
大音量で聴くんだ エレカシを
この街に生きている すべての人たち
大人も子どもも男も女も
働いている人もそうじゃない人も
健康な人も病気な人も 障害を持った人も
皆みんな 必死に生きていて
必死じゃない人なんかいやしなくって
誰しもが口には出せない 切実な思いを抱えていて
それが音となってあふれている
街にはいつだって壮大なシンフォニーが鳴り響いてる
だからひとつとして 必要じゃない音なんてないのだと
丁寧にせつせつと謳い上げるミヤジの声が
優しくて優しすぎて 思わず思わず泣けてくる
ボロボロボロボロ 涙があふれて止まらない
悲しくなんかない
悲しいわけなんかない
いなくなるのはいつだって相手のほうで
いつものパターン
あんな奴のために涙流してるわけじゃないんだからね
一粒の涙だって あんな奴のためだなんて冗談じゃない
あたしにはやっぱり ひとりが似合いなのよ
あのしつこい電話にも 今日からはもう煩わされることもないし
もう二度と 二度と誰にもあたしの心に
土足でズカズカ入りこませたりしない
スッキリさっぱり
せいせいするわ
云い聞かせるように わざとらしく声を出したその時
ふいに ケイタイの着信音が鳴り出した
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作中のエレカシの曲は
「大地のシンフォニー」という曲です
ボーカルの宮本さんが感音難聴で手術のため入院した際
病室の窓から見た人たちがとても輝いて見えて
で、この曲が生まれたんだそうです