湯 煙


 静けさをたたえた穏やかな、翠の眼の馬。
 遠い日の、ある場所において、
 目の前に立つ人間の、胸のあたりに歯をたて、
 涼し気な空色の半袖シャツの、上部を斜めに裂き、
 白いボタンが飛び散った。
 呆気にとられ立ち尽くす者を置き去りにして馬は、
 踵を返し悠々と去った。

 私は瞬間の馬を見なかった、
 鼻息は聞こえなかった、毛並みや肉の張りなども。
 馬は私を見たか。呼吸を感じたか。

 馬をてなづけるよう私に命を下すものが現れる。
 私はその者を知らない。
 馬の名を聞かれたならば、馬だと答える。
 馬は果てない蒼空に追われながら、
 狂う、ぬかるむ地をつぶす。たてがみを揺らす。




自由詩Copyright  湯 煙 2024-08-20 21:31:22
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