馬
湯 煙
静けさをたたえた穏やかな、翠の眼の馬。
遠い日の、ある場所において、
目の前に立つ人間の、胸のあたりに歯をたて、
涼し気な空色の半袖シャツの、上部を斜めに裂き、
白いボタンが飛び散った。
呆気にとられ立ち尽くす者を置き去りにして馬は、
踵を返し悠々と去った。
私は瞬間の馬を見なかった、
鼻息は聞こえなかった、毛並みや肉の張りなども。
馬は私を見たか。呼吸を感じたか。
馬をてなづけるよう私に命を下すものが現れる。
私はその者を知らない。
馬の名を聞かれたならば、馬だと答える。
馬は果てない蒼空に追われながら、
狂う、ぬかるむ地をつぶす。たてがみを揺らす。