或る夏の理由 「風の通り道」
藤丘 香子
硝子細工の
幾つかの重なりは
小さな風の溜まり場をくるくるとかき混ぜて扉を揺らし
丘に続く小道を夢見るのです
夏が降り
気まぐれな模様を織りなして
あのひとの指に留まった雨粒が私の
上方で霧を作り
竹竿の
細かい網で掬った水滴がさらに
水を呼び
七月の蛍の水辺の柔らかさで瞬いて
追っていくうちに音を忘れて映しました
私の眼がたくさんのものを見過ぎないように
あのひとの瞳の中に永遠に沈んでいたいと
本当に心から望んでみたのです
途切れない空へ
白く流れる雲のようなあのひとの気侭さについても
私はまた深く愛しているのだと
とても不自由な場所から気づかなければならなかったのは
何というタイミングで
あの夏の
待ち遠しかった確かさに背いた
オブジェのような緑と
途切れそうな息と
稚拙な冷たさと生温い対流を
脆弱な壁に記憶していたという理由のためでした
あのひととの関りにおいて
恐らく私は幸福でありました
問題なのは私が
何も失ってはいなかったという事であり
あのひとは無言のまま
その沈黙こそが
私のささやかなメモワールを微笑するに充分過ぎたのです
星の下に風鈴を吊るすと
一体何を
何と
名をつけられぬまま
どうにも仕様が無い
ひとすじの余韻が前を通って行ったのです