深海のモノローグ
ホロウ・シカエルボク


明け方の悪夢が目を覚ましてからもずっと漏水のように滲んでいる、それは猛烈な夏のせいだけではもちろんないだろうし、まして狂いかけた脳味噌のノイズのせいだけでももちろんなかった、正気の方が狂気よりもずっと狂っていると感じることはないかい、なに、解釈の仕方はそちらに任せるよ、こっちで全部決めちまうようなやり方は好きじゃないんだ、タンブラーに満たした水の中に走馬灯が見えた、そんなもの俺は望んでは居なかった、昨日の新聞なんか読みたがるやつはいないって古いロックソングにあったっけな、喉を鳴らして水を飲み干すと過去は全部消えてしまった、俺は過去のない男になった、出来事なんかいつまでもストックしておく必要はないんだ、身体に刻まれたものは消えることがないんだから―俺はなにかの証明の為にこれを書いてるわけでもない、君の為でもないし、もしかしたら俺の為ですらないかもしれない、あるいはそのすべての為に書いているのかもしれない、ただそのことについて突き詰めるつもりがないというだけさ、つまらない定義に時間を割いてるくらいなら新しい一行を書き足す方がよっぽど有意義だからね、そうは思わないか?これまでに何度も書いてきた通り、俺は身体の奥底で燻っている野性の為に書き続けているんだ、インテリジェンスなんか糞喰らえさ、肉体と精神のスピードの調和から生まれてくるものしか信じないんだ、理屈抜きで語れるものが一番心地良いのさ、こんなこと説明しても無意味かもしれないが―それは継続する直感とでもいうべきものだ、継続する直感はすべてを上書きする、そうとも、俺が書いていることはすべて以前からずっと書いてきたことだ、けれどそれはリアルタイムという概念によって常に上書きされ更新されている、アップデートされ続けているんだ、OSはずっと昔のポンコツだけどね、でも、特定のテーマに沿って動き続けるには十分なスペックだよ、新しい船を動かすのは古い水夫じゃないかもしれないが、古い水夫は船の動かし方について一番詳しいだろう、そうは思わないか?早い話俺はとんでもなくアナログなんだ、でもデジタルにちょっと手を付けることくらいは出来るのさ、人間は一度しか生まれないわけじゃない、目覚める度に生まれているとも言えるし、何かひとつ書き上げる度に生まれているともいえる、何度生まれるかが勝負さ、その度に赤子のようになって周辺のものを取り込んでいくんだ、もしかしたら俺はそんなプロセスの中で生きていることが楽しいだけなのかもしれないな、それはもっとも原始的な知性で、成長なのさ…つまり俺はいつだって初めてそれを行うために無数の手段を覚えるんだ、たったひとつの事の為に沢山の回路を作るわけさ、本当に変わらないでいられるやつっていうのは、常に変化し続けているんだよ、たったひとつの道を走っているだけだとその道の走り方しかわからないわけさ、俺にはそういうのちょっと耐えられないからね、わざわざ不自由な場所に身を置くことがストイックだとは思わないぜ、俺にはそれは途轍もない怠慢に見えるよ、これは照準の定め方なんだ、広いところからだんだんと絞って行ってある一点を目指す、なにかを表現するって結局はそういうことなんだろう、そのきっかけになるのは例えば明け方の悪夢だったり、昨日の食事だったりするわけさ、すべてにフォーカスを定めたいのか、それともその中の一点なのか?それがはっきりしないまま指先を動かし続けていると、頭より先に身体がそれを理解し始めるんだ、脳味噌ではなく、肉体がそれを書かせるのさ、まるで腕や胸のあたりに脳味噌が移動して動いているみたいさ、俺はそこに入り込むのがたまらなく好きなんだ、ちょっとなんて言うか、幽体離脱みたいな感覚に陥って、好きに飛べるような気分になる、どこへでも動けるような気分になる、これはある程度のスピードの中で起こる出来事さ、だから俺はいつだってスピードを求めてしまうんだ、合法で純度の高い麻薬さ、その中でいつも思うことがあるんだ、ここに居るけどここに居ないって―俺であるけれど俺ではない、言葉にするとそういう感じさ、演劇なんかやってたやつには理解出来るんじゃないかな、魂は俺たちが思っているよりずっと自由なんだよ、もしも君が俺の言葉になにかを感じたとしたら、それは君が俺の魂に少しばかり触れたってことなんだ、俺は出来るだけ自分とは関係の無い場所で一篇の詩を書きあげたい、それをすると魂が凄く満たされて心地良く眠れるんだ、まあ、そんな風に眠ったとしても、悪夢で目覚める夜だってあるわけなんだけどね…でもそんなの当り前のことだからね、すべてを自由に操るなんて無理な話だし、そんな忌々しい話が小蝿のようにうろついているからこそ、そうじゃない領域の為に躍起になることだって出来るわけだから。


自由詩 深海のモノローグ Copyright ホロウ・シカエルボク 2024-07-28 22:22:31
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