臨終のメモ
由比良 倖

背中には泳ぐための羽がある、
なのに僕は沈み続けて
空間はざらざらしていて、僕に反発している、
骨と骨との間には、粘膜があり、空に手を翳すと、
手の裏側が熱くなり、簡単に皮が剥がれていく

感情は僕の背中を、その手で撫でていく、空を飛ぶ魚のための電波塔が星中を繋いでいく、リズムを刻みながらお絵描きをする、国中の人間達は楽器の手入れに習熟する、地球の等高線上に、雲はオルゴールのよう、未明の眠りは、捩れて緊張の解けたカセットテープのように、雨は朝を揺り起こし、雨は僕におはようと言う、僕はどこか遠くに、落下する墨色の光、
十六等分する、身体を、眉のすぐ下あたりから、
光は光に重なっていき、海は鳴り、光は揺れて、

(セリナズナ、トカゲとカレイ、ミステイクン、メモリ、鈴鳴る時の城、銀色の輪っか、ペンダント、時計、チャイム、成功、霊気、大気、ピアノ、G6、カードゲームを宇宙で規格化するとき、表に描かれた発火するホログラム、太陽ビルの紋章、屋上、水槽、擦りガラス、浄化槽の中にも魚、プランクトンの来世の、それぞれの宇宙、その理由、記憶の下方、街を歩く夢の、正装者たち、砂を撒く、太陽から、虹の方へ)、

唯一期待するのは、僕が産まれる以前、全ての部屋を奪われた神さま、
午前3時の餓えに、みな作文をしている、時を刻む鋭角が、とうに失われてしまったこと、想像は丸く、妄想には取っ手がない、

(僕が言わないと誰も言わない、疑似餌は針を捨てて、
 今は空を泳ぐのを楽しんでいる、太陽を照り返して黄色い、
 あらゆる爆発が人類の頭上の光の総量を示し続けている)、
僕に染色体があるなんて恐らく嘘だ、色に染まってなどいないのに。

カードリーダーを舌に押し付け合う、
舌同士を少し触れ合わせるために、
溶けかかった欺きたがりの舌の根を、
皆一斉に切り離して、夜の真ん中へ、お互いの性別名前を
夜空の遠くへ投げつけて僕たちは
お互いへ少しずつ、衣服に火を放ち合う、
真っ先に他殺体で発見されるような肌の色、

花火が全て散った後、量子のオルゴールを回さなければ、
惑星は、憂鬱に凸凹してて、境界線はなくて、
予算内に収まるような、図面で指図されて、
僕に与えられる範囲の朝、部屋で、
僕の臨終を、悩みを、電波のように乾いた一生を、名前を、

いつまでも僕は指先で書き続けて、終わりのない単語の化石の、
その物語を、夜の四角い明度へ、理性の先へ、
ディスプレイのずっと先へと、送信し続けている、

臨終から産まれたワードたちを、再び空へと送り返すために。


自由詩 臨終のメモ Copyright 由比良 倖 2024-07-11 07:13:38
notebook Home 戻る