水精Ⅲ
本田憲嵩
青い水面に溶けこんでいる。眩暈。逆さまになったふたりの不定形。ぼくらの身体はまるで揺らめく塔のように、どこまでもながく伸びてゆくように、その揺らぎをなんども繰りかえす。それは途方もなく長い抱擁。やがてそのまま水の中へととても穏やかにふたりは沈みこんでゆく。逆さまになったままなにも言葉を発さないまま。そのなかばで不意に浮力がはたらいて、ふわりと空気のように水面へと浮き上がって、そうしてまたぼくらの身体は海に映る逆さまになった高楼のような幻となる。そのまま水の中へととても穏やかにふたりは沈みこんでゆく。そうしてまた不意に浮力がはたらいて再び海面へと浮き上がって、海に映る高楼のような幻となる。そのまま水の中へととても穏やかにふたりは沈みこんでゆく。そうしてまたしても浮力がはたらいて再び海面へと浮き上がって、再び高楼のような幻となる。それをなんども繰りかえしてゆくうちに、ついにそのまま水の中に居る。やがて水の中に射し込むまばゆい光が視えはじめる――。
さわやかな朝、やさしいきみはあまやかな声の中に居た。水のせせらぎの癒しにも似た音色で、きみは水で形成されたうつくしい水精(ナンフ)だった。