閃篇5 恐怖の巻1
佐々宝砂
1 歩いていった
ある台風の日、灯台が根本から消失した。台風が原因だと思われた。怪獣映画の冒頭のようだという者もあった。人々はそれなりに天の災いを恐れた。しかし誰も真実を知らぬ。灯台は歩いていったのだ。ひとりで。荒れる海へ。自分の友が呼ぶ海へ。やがて友と戻ってくるだろう。
2 御札
深夜までやる書店で働いた。営業時間が終わるとレジを精算しざっと片付け施錠する。全部閉めて帰ろうとしたらセキュリティーの警告音が鳴る。どこか閉まってないらしい。確認したがみな施錠済み。困ったなと休憩室に行くとテーブルに御札がおちていた。神棚に戻した。警告音は止んだ。
3 突き当りの壁
校舎の三階の北の突き当りの壁だけが赤い。ほかは緑。英語の先生が言うには赤以外のペンキで塗ると手形が浮き出るんだって。壁を眺めても手形は見えない。見えるのは非常用扉だけ。開けようか。開くよ。降りてみようか。うん。飛び降りよう、一緒に。そして壁には見えない手形がまた増える。
4 通夜の客
祖父の通夜、一人起きていると客が来た。祖父の親友だそうだ。高齢だと思うが酒を出せと要求するので冷を出す。騒がしかったせいか棺桶の蓋があき祖父が俺にも酒をと言う。不思議に思わず酒を出す。三人で酒を汲んだ翌朝、死体は二つあった。誰もその片方のことを知らぬ。どうしろというんだ。
5 高い窓
洋館の高い窓からいつもそのひとは見下ろしていた。淋しげに見えた。それから何年も経って大人になった僕は洋館が売りに出されたと知り、不動産屋に内見を申し込んだ。ドアを開けると玄関ホールは吹き抜けで、高い窓がひとつ。あのひとが見下ろしていた窓だ。普通の人間が梯子なしにあそこから見下ろすことはできない。ではあのひとは?
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