ふざけた世界にさよならを
ホロウ・シカエルボク
伸び過ぎた髪を手早く纏めたら
企んでる顔でこちらへおいで
裁きを受ける覚悟なら出来てる
ひとつやふたつの傷なんて些細なことさ
嵐のあとの
老い先短い湖を飛んで遊びながら
朽ち果てた寺院の中で
じめついた約束を交わそう
腹をすかせた鴉たちが集まって来るけれど
死ぬわけじゃないとわかったらすぐに居なくなるからさ
風が木々に残った雨粒を散らして
まるで視覚的な讃美歌のようだ
俺は目論見の昂ぶりも忘れて
そんな光景に心を奪われてしまう
君はそんな俺を見て微笑む
いろいろなものを胸の内に秘めているから
純粋であることの大切さがわかるのさ
ひとやすみしたらまた歩き出そう
バランスを取ることを忘れたらすべてが駄目になる
永遠の死のような岩肌の続く道を
滑らないように気を付けて旧市街を目指す
爆撃のあとが残る道を
僧侶のような目で見つめながら
実際俺たちは
難しいことなんかなにも考えちゃいなかった
親父は俺が十五のときに
神様に命じられるままに
C4を抱いて異教徒の群れに飛び込んで飛散した
「父親のことを誇りに思い続けろ」と
リーダーは笑顔でそう言った
俺はそいつの額を改造拳銃で撃ち抜いて
君を連れて街を飛び出した
なにも難しいことなどなかった
くだらない連中とは早く手を切るべきだった
拳銃は随分逃げたあとで処分したから
関係者がそれを見つけることは絶対に不可能だった
母親のことは気がかりだったけれど
全部を選ぶことなんて出来ないんだ
国境には近づかなかった
もしも彼らが俺を探すなら
まずそこに行くだろうと思っていたから
険しい山の中に残されたゴーストタウンのことを教えてくれたのは
辺鄙な街で出会った痩せた爺さんだった
お前ら逃げてきたんだろう、にやにや笑いながら
俺たちに世話を焼いてくれた
息子や娘が使っていた服も譲ってくれた
「俺も昔故郷を捨ててきたのさ」
そう言って笑った
逃げ切ることだよ、逃げるが勝ちさ
飲めない正義に付き合ったって腹を壊すだけだ
爺さんは膝を悪くするまで
ずっとゴーストタウンに隠れていたのだと言った
山を降りてから家族を持った、だが
爺さんひとりを残してみんな死んでしまった
どこかで地雷を踏んでしまったということだった
「膝を痛めていなけりゃ一緒に逝けたんだ」
生き残ったことをどう思うか、と聞くと
首を横に振りながらこう言った
「どうもこうもないよ、た、生き残ったってだけのことさ」
俺たちは必要最小限のものを揃えて
爺さんに礼を言ってゴーストタウンを目指した
「生き残るにはいいところだよ」
「悍ましい山に見えるけれど深く入れば綺麗な水もある、動物も居る、果物も豊富にある」
「そんな場所がどうして捨てられるんだい」
「とにかく遠いんだよ、いいか、水も食料も少しずつ入れろよ、ゴーストタウンに着く前に行き倒れちまうぞ」
ゴーストタウンのさらに奥にはさらに古い街があった
多分爺さんもそこのことは知らなかったはずだ
俺たちはそこを旧市街と呼んだ
ゴーストタウンよりも素敵なところだった
ただ水も食料もそのあたりでは手に入らなかった
俺たちはゴーストタウン付近で水や食料を搔き集めては
旧市街で何日か過ごした
ちょっとしたバカンスみたいなものだった
石で作られた家が多く、ゴーストタウンよりも状態は良かった
ずっとここに住めたらいいのに、と君はよく口にした
俺もその意見には完全に同意だった
君とどれぐらいそうして過ごしたのか今では思い出せない
ある年の冬の朝、俺は
冷たくなった君を抱いて旧市街の路の上に居た
理由なんてわからなかった、もう、誰の
どんな声も聞こえなかった、数日もすると俺は
誰かと話をするやり方すら忘れてしまった
俺がやるべきことは、旧市街の端っこの空地に君の墓を作ることと
それまでふたりでしていた暮らしをひとりで続けることだった
また俺は置いてきぼりにされた
たったひとりで眠れない夜が増えた
いつからか俺は眠れない夜には走るようになった
明かりひとつない山の中を走るのは容易なことでは無かった
躓いては転び、生傷が増えた、でもそれも、三日ぐらいのことだった
次第に夜目が聞くようになり、身体も思い通りに動くようになった
地形を見ただけでどのように走ればいいのかわかるようになった
一晩中走ると翌日の夜にはきちんと眠ることが出来た
一か月もするとそれが俺の通常のサイクルとなった
もうゴーストタウンには行かなかった
走り続けるうちにこの山の性格のようなものがわかり始めていた
どこに植物があるのか、どこに動物が隠れているか、そんなことが
二年が過ぎた、俺はもう暮らしそのものの意味を問うことをやめていた
生き続けることだけが俺の目的だった
ふたつの死が俺の背を押し続けた
歳を取り始めていたが、体力は並外れたものになっていた
奇妙な暮らしが俺の身体をすっかり作り替えたのだ
走り終えたあとで果物を齧るようになってから感覚は余計に研ぎ澄まされた
旧市街のさらに上、鬱蒼とした山頂近くの森林の中に、たったひとりで暮らすための街を作った
時々獣たちが遊びに来た
だから俺は狩りをしなくなった
自然に死んだ仲間だけを皆で食らうことにした
獣たちの誰もそのことに異論はなかった
果物と草、時々の肉
この山の生態系は独特のものになり始めた
獣たちも狩りをやめて、俺と同じように走り、食い、眠るようになった
獰猛な獣たちは穏やかな表情に変わっていった
俺は木を削ってオリジナルの楽器を作り、獣たちと歌った
いつか俺もこの森の中で、目を覚まさなくなる朝を迎えるだろう
そして俺はこいつらの腹の中に入り
俺が築いた生活はこの森の中でずっと受け継がれていくだろう