上等なお粥
由木名緒美

呼吸に追い縋る過密な肺胞の群れ。我先にと急ぐのは浸潤水が震えるミトコンドリアの楽園。ここはエデンの園さ。
「あなた」や「私」という神の肉体。

肉じゃがを作らないと干上がってしまう。何も欲しくない毎日は幸せだけれど少し傷んだバナナが食べたくなる。自傷行為のように幸せを煮詰めていく。焦げつくように悲しくなるわ。こんな幸福に。悲しみがないお粥なんて食傷気味で。

メダカが水槽を飛び出す。鯉のように蛇口の瀑布を昇っていく。昇天。悲しみを幸福のように享受する世界。神様が地獄を創ったのは、天国から逃走する者が多いからだわ。おかえり。一息ついてからまた堕ちなよ。地獄の土産話を聴かせてね。


名も知らぬ雑草の可憐な花が愛しい。借家だかから抜かなきゃいけないけれど。君。陽炎のように名前のない美しさ。それも気楽で良いね。また生えてくるでしょう?道すがらの一目惚れみたいな淡い恋をありがとう。薔薇より百合より君が好き。けっきょくは居心地の良さと雰囲気が愛になるんだわ。

赤いスポーツカーが溶岩のように青空に湯だっている。車なんか知らないくせに、あの車は1800万だよ、なんて耳打ちされると笑顔も上等を装う。素顔でないことだけは確かだ。おんぼろの軽自動車に長靴で乗り込む。やあ相棒。窓を開けて。あ、君は手動だったね。時代遅れの、そんな君が好き。心をきなく井上陽水をかけられるから。西へ東へ。伊勢神宮へ連れてって。そのうち行けるよね。神様からの不在票を開けると、

「整理整頓をしなさい」

散らかった部屋の窓辺て厳島神社のお守りが光っている。神様、いつもありがとう。今日も三途の川へ行ってまいります。


自由詩 上等なお粥 Copyright 由木名緒美 2024-05-05 08:48:17
notebook Home 戻る