「なるべくよ、まったく平（た）らになった机（つげぇ）にほら、こんなふうに血（ﾄｲ）を落（ﾛｯ）としてな」

-神鳴りした人は独特の口調でとうとうと私達に比向かいの説明を始めた

「鏡台（きょんど）をな、ヒノキでな、柱（ｶﾜﾘ）にしてな、部屋（ば）に結（むつ）んで置（の）くんのよ」

テロップ

膠原（うるしもと）材料
鏡台（きょんど）：３柱（ヒケ）
定盤（さんはん）：（私達に見えないもので良いが）現実（よみ）に存在するもの。
机（ つげぇ）：加工してはいけない。敬ってもいけない。樹脂でも良い。
僧（ｻｶｷ） ：穢れていても構わない。盲であること。
芝桜：ひとつかみ。
斎庵（ｼｬｱﾝ）：これまで誰も住まず、これからも住まないこと。樹脂でも良い。
御簾（みす）：何でも良いが、一度使う。
水 ：地域で不浄とされているものでなければならず、再拝者（ｺﾝﾀﾞﾚ）は一度は飲んでいなければいけない。

再拝者（ｺﾝﾀﾞﾚ）資格
・亀（かめ）に生まれたもの。
・上背高く、肘に２つ骨がある。
・地域で不浄とされているものでなければ、地域で不浄とされている水場で沐浴したものであること。
・神か、墳墓で生まれたものであること。
・馬（ラ）に言葉（シュー）を教わったもの。

「机（つげぇ）の上の血（ﾄｲ）をよ、あと一つであふれるだけ落（ﾛｯ）としてよ、ほれさ、これでいい、」
「一晩置（トウゲニアサガ）くのさ、だけ壊れんように斎庵（ｼｬｱﾝ）にするのよ、地域（ヂ）のもんにたててもらいよ、」
「今よ、明けの6つな、おそいな、明日（みょうに）また声かけるえな、」
「はい、纏（まと）いました、戸（へ）あけまして、今生（こんしょ）私（あて）は半（また）に裂（さ）かれまして、報（むく）いがありました、因果万象（いんがもばんしょ）は結（むつ）ばれました、オンマジナイマシテ、マジナイハマジナイマスマジナイマス（オンマジナイマシテ、マジナイハマジナイマスマジナイマス）」

-神鳴りした人、冬島タナカさんは真言のような言葉を口にしたあと
その日は一切口を開かず庵をあとにした。
-翌日（日没後）連絡を受け撮影班が向かうと冬島さんはにこやかに我々を迎えてくれた。

「程（どう）よくよ、乾（くゎ）いたわね、もう御簾（みす）を捧（さわ）ぐよ、みてよ、」

-飴色になった御簾を机に広げる

「これはね、照（と）れるのね、恐（おの）れがあるし、羽（くるわ）のあるものだけえね、部屋（ば）も散らかるし、」
「はい、また纏（まと）いました、閉（へ）じました、柘植（つげ）ではございません、ほうれ、今受け飯（うけし）しますぞ、かしこんでするのぜ、誓文（あざうけい）をするのぜ、」

-乾いた葉を御簾の上に撒いていく

「花（かんじょ）は混（ほ）ぜちゃよ、きらうがよ、もう、来（ﾄｳ）とるものは神様（ｼﾞｿﾞ）でないよ、こっからは、恐（だ）れてもらうのよ、」

-表情が変わった。穏やかな笑顔とも取れる表情が変わった。

「万障（なんしょ）、なにものと現（あらされ）して括（ｸﾌﾞｨ）いてございませ、ではなければ畏（ｶｺｨ）みて殺（ころ）します。」
「殺（ころ）します、殺（ころ）します、畏（ｶｺｨ）み畏（ｶｺｨ）みまた申（まお）します。殺（ころ）します、殺（ころ）します、」

-御簾の下で何が起こっているがわからない。

-しかし、この下では何かが震えているのかもしれない。

-恐怖に

「２つあったよ、７つ来て５つがにげたよ、２つは間違いなく閉じた（まちぎゃぁのへった）でよ、」
「２つは、手の内（てんなか）におるよ、傀儡（ｸﾗｧ）よ、震える獣（ﾌﾚﾙｷﾓﾝ）よ、」

-冬島さんの表情はまた、柔らかな笑顔に戻った。

「これでよ、私（あて）もここも大丈夫（どうぶ）よ、生（ゆ）きとれるよ、」
「もしよ、閉（へ）じれず恐（だ）れず、手の内（てんなか）に入（い）ったらよ、甲高（こうたこ）う吠（ぼ）えて坊（ぼう）に刺（とお）してもらえよ、」
「放っておく（ほたらとく）とよ、更地（あたりひらど）になるど！ハハハ！」

-再拝人は初めて笑い声を上げた。

-農村には呪物が生きている。

-３年後の春、冬島さんの家を訪ねると、取り外されたドアの向こうの居間に、大きな樹木の根が転がっているだけだった。

-村人の誰も、冬島さんの行方は知らない。

-再拝者は消えた。

-きれいに切断された、とても立派な切り株を残して。



-2018年前回の取材より6年後

-1988年の5月、最後に我々が冬島さんの家を訪ねた3年後

-冬島さんが野賀動画局に訪れた

-冬島さんは受付の従業員にそわそわとしながらメモを渡し

-すぐにたちさった。

～しゅぶつがよ　がにこると　ておくれよ　かんじおる　ものもおれば
～むしがはいようと　いうものもおるよ　そうしたら　やくめはおわりよ
～ながいすれよ　なまつめはがれる　だけよ　それが　しゅぶつよ　くらよ
～むらにいきとった　あれも　いま　どこにもおるよ
～あのきりのねをよ　もってかえったものは　おらんかよ
～あれもってかえれば　どのよも　じごくにできるよ
～どのいえも　じごくのかまで　にられるよ　さわったものがおれば
～もうころしてやったほうがいいど　じごくいきて　しんでじごくにいくども
～いましんで　じごくにいくども　まだあわれあるよ
～あわれにおもうたら　いんどうわたせ
～ようやらんなら　*****　***　****（住所）にふうしょで　つかいをせえ
～あてが きちんと　していやる

-*****　***　****（住所）は再拝者の家、切り株が残された冬島さんのかつての住所だった。