春は、
本田憲嵩

春は、旅へといざなう季節、
小鹿のようにそわそわして、
居ても立っても居られなくなる季節、
かつて春の日に落としてしまったなにかを、
取り戻すため、
どこかへと無性にお出かけしたくなる、
そんな季節、


春は、つねに日曜日のような日向の季節、
牧場の牛のように草叢の上で、
常にごろんと横たわっていたい、
とても心地のよいお昼寝の季節、
ゆるやかな古い電車の速度を耳にしながら、
いつまでも夢の中にいたい、
そんな季節、


春は、あるいは恋の花の咲く季節、
誰かが気まぐれに落としていった球根が、
一本の電信柱の足元にも思いもかけずに咲いている、
一輪の黄色いチューリップ、
その単調な生活は、そのたった一つの鮮やかな色彩に彩られ、
それだけで彼は活き活きと生きてゆくことができる、
そんな季節、


春は、



自由詩 春は、 Copyright 本田憲嵩 2024-04-01 22:32:03
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