鏡像(18)「死の砦」②
リリー

 「ミズノちゃん、元気ありませんね…。」
 「まあな…。私らでも、ショックやからな。」
 旧館寮母室で朝のミーティングを終えて
 ミズノちゃんが出て行った後、
 若手職員らは話す

 三日前、彼女が早出出勤で
 療養中だったOさんの居室へ朝食を配膳する為
 挨拶に赴くと
 布団の中でうつ伏せになったまま亡くなっていたのだった

 嘱託医の死亡診断書によるOさんの直接の死因は
 心不全だった けれども
 明らかに院内感染の犠牲者だったと皆
 口にせず、分かっていた

 入院患者や施設の居室でも数名の方が亡くなられた
 頻繁に行われる身寄りのない方達の葬儀で
 組み直される集会室の祭壇
 「なんぼ私ら忙しくても、こんな物!立てとけへんでしょうが…。」
 「そりゃそうや。」
 「隣の人ら(細い歩道跨いで建つ施設のスタッフ達のこと。)
  老人ホームさんとこ、また葬式してはるでぇって思ってはるやろな、
  これ。」
 「うん。集会室丸見えやもんなぁ。」
 「スクーターのお坊さん、しょっちゅう来てるしな。」

 この日も手際よく祭壇を組む職員らの耳に
 隣のホールで午前のカリキュラムのレクリエーションを担当する
 若い寮母の声が聞こえていた
 今日はビーチボールサッカーをしているのか
 変わりない日常の様に
 
 当時、スペシャリストでなかった私たちは天使の仮面を被る
 死神でもなく、人間であり
 「寮母」とは何なのか?を再び胸に問えば
 おのおの口には出来ない想いを抱える
 組織に守られた「痛い同士」であったとも言えるだろう

 そして私は二月下旬の深夜、
 日赤救急医療外来のベットに居た
 「血が出ませんね…。ごめんなさい、こっちの腕もダメですね。
  痛いけど太腿の付け根にしましょう。」
 中年の看護婦さんから五本目の採血の注射針を刺される

 高熱と腹痛を訴える私へ精密検査の為の入院が宣告された
 ベットの上での苦しさや不安よりも
 入院という医師の言葉を聞いた瞬間、私の背中は軽くなったのだ
 


自由詩 鏡像(18)「死の砦」② Copyright リリー 2024-03-12 09:45:56
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