鏡像(4)「あだっちゃん」①
リリー

 
 まだ日暮れには早いけど外にいると冷えるから
 おばあさんがアタシのために縁側の下に
 段ボール置いて 敷いてくれているプランケットへ
 戻ることにするわ
 
 午前中の雨で湿気った雑木林の蔭から
 車道渡って土手のわき道へ入って来る若い女性を見つける
 サバトラ猫の鈴ちゃん

 あら、今朝の寮母さんだわ!
 どんな一日だったのかしらね?

 ×××

 「皆さん、お早う御座いますぅ!」
 老人ホームの二階、午前七時
 廊下を通り過ぎていく寮母である私の声に 
 耳を傾ける入居者達
 「今朝は、あだっちゃんのソプラノやなぁ。」

 「おはようさん!」
 居室のドアを開けて私へ呼びかけてくれる
 エプロン姿の似合うSさん
 要介助の軽度の方達が住まう一般棟である

 シフトの早出勤務は当時、単独だった宿直者と協力して
 六時前から ほぼ全介助の十数名のオムツ交換や着替え、
 食事介助をする
 大食堂で朝食を済ませた方々を居室へ誘導して
 会議室で朝礼が始まるのだ

 新館、旧館、病室と各棟の専属職員が
 宿直者からの申し送りを確認すると
 所長、次長、生活指導員(現在の社会福祉士やケアマネージャーに該当する)
 看護師、栄養士さんからの連絡事項の後 
 皆が一礼して解散となる

 ゾロゾロ 寮母達が担当の棟へ向かう
 私も旧館の寮母室へ戻ろうとした廊下でいきなり立ち塞がる 
 四つ歳上の先輩

 「あだちぃ、お前これ!この丸襟、これも、
  これもパジャマちゃうんか?」
 ユニフォームからのぞく
 赤いサテンステッチの刺繍が可愛い丸首の襟を、
 先輩の指先が摘む

 「何言うてはるんですか!人聞き悪いなぁ。
  れっきとしたトレーナーですって。」
 目で 笑い返す私へ
 籠る笑いに歪む 先輩の口元
 「あたしの目には分かる!お前、いつなったら
  パジャマ脱いで出勤するんや?」
 「いや、だからあ…。春なったら、ですよ。」
 究極の寒がり女の足元は一目で分かる柄物のスキー用靴下

 二人は 廊下で別れ配属先の業務に就く
 食堂ホールに面した外廊下を通る時、
 硝子の大窓へ映る中庭の芝生が細かい雨で濡れ始めていた
 
 
 


自由詩 鏡像(4)「あだっちゃん」① Copyright リリー 2024-03-05 07:04:07
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