鏡像(1)「橋」
リリー

 瀬田川に架かる鉄橋に軋む音
 光の帯は今を、過ぎた
 
 引っ越し祝いで友人宅を訪問した帰り
 瀬田唐橋の欄干から眺める
 そこに 拡がるものは

 時の流れすら呑み込んでしまいそうな
 濃藍の川面
 波は無く
 岸の夜景も鏡像かもしれない
 この先に、湖はあるのか?
 

 数日前、電話で
 彼女が私へもらした言葉は胸に 
 苦い波紋となっていた
 (この間…面会に行ったら、私のこと分からんかったわ。
  一緒に暮らしてた時は、そんな事なかったのに!
  口も達者やったのに。
  施設へ入るとなぁ…、どうしても。)
 友人の母親は 認知症の高齢者を対象とする
 小規模なグループホームに入所していた

 一人ゆく橋、左側をすれ違う
 数台のヘッドライト
 不意に脳裏へ浮かんできた遠い記憶

 かつて就職したことのあった某、養護老人ホーム
 その施設の敷地内に植っていた一本の桜の木
 「ああっ!」
 と、驚喜の声をあげた日の
 自分を今も、
 忘れずにいるのだ

 


自由詩 鏡像(1)「橋」 Copyright リリー 2024-03-02 13:58:17
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