逝くまで書いて
ただのみきや

  *

ねじれた果実の熟すころ
死は昨日のように訪れた
時間の底に焦げついた
小さな獣の影
かどわす風にいま黒い水を渡る

古い橋の真中から
栞を落とす子ども
その萎えた手の甲から芽吹き
虚空を這いのぼるリズムがあった
唇に陽炎 羽虫寄せ におう笑い
河へと流れ決して混じらない
もう一つの水の系譜

つま先がふれた底なしの冷気
途切れなく閉じてゆく 
波紋  波紋  波紋
  非声  句点  消失
長い長い黒髪の流れ

  **

きみの未完成は美しい
だが人間蜂の羽音の模倣はうさんくさい
強制受粉の下心が迷彩を解く頃
代入の歪みできみの顔は腫れあがる
友人たちは怒りに燃え貯金箱をたたき割る
小さな殺意がいっぱいに詰まった少女のトルソー
転がるビー玉は立ち位置の傾斜を示していた
宇宙を内に秘めた青い自画像
白く濁ったふたつの地球 

街ではイルミネーションで縛り上げられた
幼い窃盗犯が活字の中で見た星明かりに飢え
二匹のオタマジャクシを暗闇へ放流した
すぐに手足が生えて息もできなくなると知りながら
一瞬の永遠を追いかけて失明するのも厭わずに

霧の中を裸で歩き回っても
ぼくらはアダムとエバにはなれなかった
みな去勢されていった
最後に見えたのは若草色の鬣をした馬
その黒い眼球に映った姿
自我を爪繰る 祈りの嘔吐
ロザリオらざにあオブラディおぶらだ

ぼくらは互いを素材として相手に任せ
彫刻し合うことで逃れようとした
鑿が削るごとに一つの時間が火花を散らし
闇へ帰っていった
逃れるために
自分の知らない自分になるために

ついには圧縮された頑迷な妄想を振り上げ
現と実を粉砕し
死と眠りの間の潮路を辿り
針の穴より小さなねじれを超え
夢の浅瀬に座礁した
朝と夕がとけあって光が雲をそめあげる
あのうつくしい矛盾むらさきのむこう
つばさもなく投身しつめたく燃えつきるために

  ***

獣は踊る
こころとからだの間にある器官をふるわせて
青みを帯びた灰
雲は裏切る愛
点々と地に綴られる
口をふさがれた凌辱の
息つく暇も与えない朱の嗚咽
けもののおどり
吹雪くはらわた
聞く声は枯れ泣くものもなく
視界はほどけその
縦糸も横糸もみな
まゆへかえる
焔におどる影ばかり
ことばの向こうを懐かしむ

  ****

愛人を彫金する
鐘の音のような
沈黙の鈍器
闇に打ち付けられた
わたしの芯棒は
地軸より傾いて
こみ上げる
海 すきまない
鳥 機械
のようにしかしゃべれない 
わたしの嘘から陰茎を切り落とせ
森を模倣し乱立する
霊魂のふくらみを
ひとひねりふたひねり
破裂するまで手淫して


                    (2024年3月2日)










自由詩 逝くまで書いて Copyright ただのみきや 2024-03-02 12:08:28
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