影
田中宏輔
古い家だった
古くて大きな家だった
子どもの目には
それはとても怖いものだった
しかし、大人になったぼくの目には
それは、それほど大きくはなくって
子どもの頃に描かれた古い絵のように
埃をかぶって生色を喪っていた
庭にある、楓の立ち木
その根元にうずくまる小さな影
仙人掌の鉢を毀して叱られたぼくの影
その指は無心に土を引っ掻いていた
庭にある、物置小屋
幼稚園の月謝袋を落とした小さな影
厳格だった父に告げられなかったぼくの影
その目は壊れた時計の振り子をじっと見つめていた
階段の下、踊り場の隅で
肩をふるわせて泣いている小さな影
幼い弟と喧嘩をして叱られたぼくの影
理由も聞かないで母は叱ることがあった
どの影も
どの影も小さく
その小さな背をまるめて
うずくまって、じっとしていた
いままた、ぼくはこの家に
ぼくの影を置きに戻ってみたけれど
ずいぶんと大きくなったぼくの影には
もう、どこにも置き場所がなかった