抱擁
中田満帆
夢のなかでだれかを抱きしめていた
夢から醒めて、じぶんがただのひとりきりだという事実に
むきだしの欲望が曝かれる、
作劇の手引き
光りを失った通りで
発見された手袋の血痕
染色体の区別もつかない謎の遺伝子たち
やがて来る真昼、その分光器たち
読み上げられたなまえがぼくでなかったという理由を教えろ
子供たちはいつも駈けまわる
そしてぼくの知らない時代にむかって消えてゆく
牛乳を飲み過ぎた朝のような輝き
電球を算え過ぎた男のような疼き
それらをともなって回転するテレビや、ラジオの声
そしていまも取り残された躰をだれかが持ち去ってくれるという幻想よ
やはりまた夢のなかで、かつて会ったことのあるだれかが、
ぼくをやさしく抱いてくれることを祈って宣誓書を焼き上げる
もはや、ことばのない境地──そんなものは見棄ててなにかもを記述する
ああ、こんなにもたやすくぼくは書き上げる、みずからの咎でさえも
延びすぎた庭の枝木が、未来へと到達するまえまでに
いくらかの小銭で、いくつかのパンを買う
夢魔のようにだれかはやって来ない
現実の外気から武装することもできず、
ぼくはぼくの躰を抱きしめる
夢のなかでさっき銃声がした
レプリアンの踊るダンス教室の2階で、
ぼくはそれを聞いてしまったんだ
中空をあがる鑑定人たち、
野ざらしにされた駐車場で『優馬』を読む覆面たち、
算えられたなまえから形容詞を発見した税官吏たち、
それぞれにみんなさみしい自身を匿う方法も忘れて宙づりの人形を操っている
だれか、ぼくの声を聞いてくれ
長い沈黙を恐れて、こちらに立つ男が
競技用トラックのいちばんまえで、
ぼくの耳にささやく
「地獄の夢がきみによって描かれる未来をおれたちは期待してるんだ」って
この過去に至る道、そして未来へと還る場所で、
幾人もの造形師たちが、死の原型をつくっては去ってしまった
いったい、どれほどの妄想も詩を形成したりはしないことに
ぼくはすっかり興ざめしている
ぼくのいない場所を求めることのさみしさ
ぼくを抱きしめるだれかがいないことのさみしさ
自身の膚に爪をたて、ひっ掻くとき、
夢がもはや不在だということ、
そしてもはや現れることのないだれかのうしろをぢっと見る
これは詩ではない、──傷痕なんだよ。