のらねこ物語 其の八「裏長屋」(ニ)
リリー

 「近頃、米や油が大変高くなって皆困っているよのお…。」
 
 「まこと、この物価高で。俺達よりイワシの方が健康状態良いのでは
  ないかな。」
 あぐらをかく膝に丸くなっているイワシへ 
 目を落とす 浪人の友だち

 「まったくだ。おっ、隣のお静さんの赤子やっと泣き止んだなぁ。」

 「重湯を貰ってるんだろう。お静さん、乳が出んのじゃ。
  産後の肥立ちが悪く床に伏していたが、このところ元気になってな。
  イワシのお陰よ。」

 「イワシの、どうしてだ?」

 縁の欠けた湯呑み茶碗に
 トクトク 
 酒汲みながら
 話す浪人

  この間、井戸に居る長屋の女房たちが、
  やけに纏わりついて鳴くイワシの様子に話しかけて
  後ろを着いて行くと
  無理して床から起きたお静さんが、土間で倒れておった。

 「ほおっ、そうだったのか!お手柄だなぁ。」

 「今は、鍼灸医の梅安先生が往診に来てくれているから安心だ。」
 「梅安!あの、貧乏人からは診療代を貰わぬという事で、
  人気の先生じゃな。」
 
 話す浪人の友だちの
 イワシを見つめる
 少し窪んだ目
 
  こいつ…一見
  「アッシにゃぁ、関わりのねえことで。」てな、台詞が似合う
  どこか、ぼろぼろの妻折笠被り、道中合羽を羽織って
  長い楊枝咥える
  渡世人みたいなニヒルなツラしてるのになぁ。
 
 「ああ、義理堅い奴だよな。」

 ガタガタッ
 急に 戸口を叩く大きな音
 「風が出てきたなぁ。この分だとまた…雪になるんじゃないか。」

 そして
 ぶうう、ぶううっと鳴る
 イワシは、浪人の友だちの膝から離れて
 そそくさと土間へ降りる

 「しまった!屁をこいだばかりに、湯たんぽに逃げられてしまったわい。」




 注)渡世人(とせいにん)とは、江戸時代にいた流れの、博徒(ばくちうち)のこと。

 


 

 


自由詩 のらねこ物語 其の八「裏長屋」(ニ) Copyright リリー 2024-02-15 13:09:51
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