桃。
田中宏輔
桃の実の、そのなめらかな白い果皮は
――赤児の頬辺さながら、すべすべした肌触り、
桃の実の、その果面の毛羽立ちは
――嬰児の、皮膚紋にそったやわらかな産毛にも似て、
桃の実の縫合線、その窪みに、指を差し入れると
――新生児の泉門(頭骨の間隙)がひくひくと動いた。
桃の実の薄皮に、爪食い込ませて、剥いてみたら
――赤ん坊が、目を醒まして、泣き出した。
反射的に、桃の実を、机の角に、ぶつけてしまった。
――机の角で、赤ちゃんの左頬が、つぶれてしまった。
ひしゃげた、桃の実が、ごとんと、床面に落ちた。
――血塗れの、乳呑み児は、もう二度と泣かなかった。