桃。
田中宏輔


桃の実の、そのなめらかな白い果皮はだ
――赤児あかご頬辺ほつぺたさながら、すべすべした肌触り、

桃の実の、その果面の毛羽立ちは
――嬰児みどりごの、皮膚紋にそったやわらかな産毛にも似て、

桃の実の縫合線ぬいあわせめ、その窪みに、指を差し入れると
――新生児の泉門(頭骨ずこつ間隙すきま)がひくひくと動いた。

桃の実の薄皮に、つめ食い込ませて、いてみたら
――赤ん坊が、目を醒まして、泣き出した。

反射的に、桃の実を、机の角に、ぶつけてしまった。
――机の角で、赤ちゃんの左頬が、つぶれてしまった。

ひしゃげた、桃の実が、ごとんと、床面ゆかに落ちた。
――血塗れの、乳呑み児は、もう二度と泣かなかった。


自由詩 桃。 Copyright 田中宏輔 2024-01-22 02:16:20
notebook Home