シン・VIVANT
atsuchan69

1584年の天正遣欧使節の後、
反カトリック勢力である
ネーデルラント北部7州の独立後、
オランダ東インド会社の設立と
アムステルダム銀行の設立を見たうえで
伊達政宗は支倉常長に命じて
スペインへ使節団を派遣している

その少し前、日本の戦国時代、
ハプスブルク家へ反旗をひるがえした
ナッサウ、ヘッセン、サヴォイその他の諸侯と
織田を除く豊臣、徳川は、
何らかの接触があったのだろうか? 

この頃、奴隷貿易において
日本人の奴隷も多かったという
これを行ったのはイエズス会宣教師たちと
武器と弾薬を餌に釣られた
極悪非道の戦国大名たちだった

天下を統一した豊臣秀吉は
バテレン追放令を発令し、
家康も公にキリスト教を批判した

やがて日本人の海外渡航と
渡航者の帰国を禁止し、
オランダと中国との貿易のみを認める
いわゆる鎖国が始まる

しかし鎖国とは、偽装だったのか? 

実際、鎖国令というものはなく
幕府には【鎖国】という感覚はなかった

また海外では銀1に対し
金15の取引だったが、
日本では銀1に対し金5だったため
大量の金が海外へ流出した

まさか、これも偽装だったのか? 

オランダは他にも、
私掠(海賊)などの資金源を得て
スペイン・ポルトガルのアジアの覇権と
海の東回り航路の権益を奪う

長崎出島ではオランダ東インド会社が
幕府へ精緻な海外事情を積極的に提供した
さらに遣欧使節などの残置諜者や、
奴隷として売られ現地で妻となった【くノ一】、
日本人である母によって育てられた二世、
中国の秘密結社からの情報もあった

鎖国中でありながらも、
幕府は産業革命やアヘン戦争を知っていた
もちろん、ペリーによる黒船来航も
事前に、
オランダ商館長他から伝えられていた

話を東インド会社に戻そう
イギリス東インド会社は
オランダへアジアの覇権を譲り
インドに重点を移すことになった

だが、18世紀末に世界情勢は大きく変化した

インドを征服したイギリスに押され、
さらにフランス革命の余波によって、
オランダ東インド会社はついに解散する
それから半世紀後、イギリス東インド会社も
自由貿易主義の台頭と独占への批判、
インド大反乱によって解散となる

ところで大坂冬の陣では
最新式のカルバリン砲が使われていた
家康はイギリスからカルバリン砲四門と
セーカー砲一門を購入していたのだ
おそらく、
スペインとの海戦にも参加していた
三浦按針からの助言だったのだろう

じつはイギリス東インド会社は、
ジェームズ1世の国書を持った使者を
1611年に日本に派遣している

しかしイギリスが、
アジアへの既存のルート以外の
新しい航路を開拓できなかったため、
日本とイギリスとの関係は
ある時期までは進展しなかった

それでも家康の心のうちでは、
当初から三浦按針の勧める
イギリスとの交易を決めていたかもしれない

明治維新を調べると、
どうしても欧米によるアジアの進出と
丸腰の日本という印象を覚えるが、
しかし実際、その気になれば
日本はいつでも最新の武器を量産できた
西洋式の外洋船も然りだ

よく考えて欲しい、
日露戦争は明治37年に始まっている
開国からたった30年ちょっとだ
また幕末期には佐賀藩が
国産蒸気船、凌風丸を竣工させている

じつは歴史には深層があるのだ

たとえば総資産約20億両(200兆円)の
豪商淀屋は、明治新政府へ
とてつもない額の寄付をしている

このとき幕府も、
新政府を担った公家達も
新政府を立ち上げる資金はなかった
カネを融通したのは、
教科書には登場しない淀屋だ

また歴史の表層からは、
時の権力とは別に日本を動かす
摂家とその背後にいる者たち、
山の民や僧侶、
古代の渡来人のながれ、
今もつづく一族の貌は拝めない

後期淀屋の初代、
牧田仁右衛門も
倉吉出身であることから
出雲族との関係を窺わせる

その後の歴史は不可解でとても慌しい

開国から半世紀も経たずに
帝政ロシアとの戦争に勝利する
瞬く間に軍事大国となり
アジアを欧米の支配から解放する
しかし連合国との戦いに敗れ
広島と長崎を原子爆弾が投下された

そして復興、歌謡とプロレス
東京タワー、新幹線、高度成長
野球とパチンコ、競馬にボートレース
テレビも白黒からカラーへ
ブラウン管から液晶ハイビジョンへ
旧財閥はグループ企業として復活し
各種宗教団体が選挙を操る

ふと気が付くと、
永田町に戦国大名たちがいた
平気で日本と日本人を売る連中だ
極悪な彼らを守っているのは、
巨大な企業と怪しい宗教団体である
その下に、大勢の奴隷がいた

メイドインジャパンが
世界中であふれているのに、
日本人の暮らしは少しも裕福ではない
奴隷たちが働いて稼いだカネは
一瞬でどこかへ飛んで行く

物価はどんどん上がるのに、
給料は殆ど上がらない
税金や、健康保険料が吊り上がる
本当のことを話そうとすると、
それは陰謀論だと言われる

ここで歴史の羅針盤を巻き戻そう

ハプスブルク家へ反旗をひるがえした
ナッサウ、ヘッセン、サヴォイその他の諸侯と
織田を除く豊臣、徳川は、
何らかの接触があったのだろうか? 

歴史を透かすと、
ローマ帝国の衰亡と
神聖ローマ帝国のはじまり
そして反カトリック勢力である
ネーデルラント北部7州の独立という
かくも慌しい史実の向こうに、
足跡を消しながら
この世界を支配し続ける
何者かの貌が、
ほんの少しだけ見える気がする

つまり、真の支配者たちは
自分たちの操る者の権力の玉座を
たえず壊しては新しく作り、
歴史の背後で神として君臨している
これは日本の歴史とよく似ている

まさか、

考えすぎだよな、、

※この作品はTBS系「日曜劇場」枠で
放送されたテレビドラマ
【VIVANT】にインスパイアされて書きました。
書かれている内容は、まったくの妄想です。
あまり過激なことは書けないので、
コメント欄に色々と書いておきます。


自由詩 シン・VIVANT Copyright atsuchan69 2024-01-16 14:36:40
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