インスタントコーヒー
リリー

 カーテンも取っ払った六畳間
 テレビと わずかな生活用品に炬燵が一つ
 職場近くへ引っ越すための段ボールが
 キッチンと廊下に並ぶ

 「部屋が狭いから、ずいぶん処分したのよ。」
 友人が笑顔を見せて
 入れてくれたインスタントコーヒーは
 ミルクで割っても、まろやかな味にならなかった

 この六畳間と四畳半の二部屋
 駅近で商業施設に恵まれたマンションは
 家賃月七万近く
 老いた母親の在宅介護にケアマネージャーと相談し
 施設への入所へ踏み切った

 足腰弱り歩行も困難
 自分で意識無いままな軽度の認知症の母親は
 日頃、離婚し出戻った長女との二人暮らしで
 口だけが元気 やがて
 過度のストレスに苛まれる彼女の選択は
 母親の選択でもあったのだろう
 
 兄弟達も もはや互い正面切って想いを伝える事を
 しなかったのかもしれない
 反対する者はいなかった

 窓に吊るされるレース一枚
 ぼやけて映る 街の灯
 天井から伝い聞こえる生活音に
 二人ふと 言葉失い
 啜るコーヒー、
 カップの温もりだけが胸に沁みてきたのだ
 
 
 
 


自由詩 インスタントコーヒー Copyright リリー 2023-12-29 15:40:38
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