いつか星になるまで
そらの珊瑚
ボーカルのテンコは機嫌が悪い。
向かい合わせの椅子に座った彼女はだんまりを決め込み、ウミネコみたいな目つきでひたすらもつ鍋を食っている。
今日のライブで声の調子が今ひとつだったこととか
取材にやってきたタウン誌の女性記者が「感激です! 小学生のころ、いつ星! 大好きだったんですう!」と大仰に!を連呼したこととか。たぶんそんなことが原因だろう。
(僕らはお互い十九歳でフォークデュオを組んで出したデビュー曲が奇跡的にちょっとヒットした)
「いつか星になるまで」そのデビュー曲以後、鳴かず飛ばずで十年経ってしまった。
世間ではその曲のことを「いつ星」と呼ぶ。
いつ星のおかげでなんとか食いつないでいる。
細々と全国の小さなライブハウスをこうして回っているのだ。
「なんかさ、いつまで続けられんのかな」
湯気の向こうでテンコがまるで独り言のようにしゃべった。
鍋の中では一次会は終わり、二次会へ突入していた。鷹の爪と緑のニラの欠片が踊る銀色の鍋の中で、〆のうどんが煮え始めている。
「お客さんが一人でもいる限り?」僕はお手拭きで汗をぬぐいながら答えた。
「一人のために歌うの? 見つめあって? うあ、想像したらなんか恥ずくない? お客さんだって困っちゃうよ」
幕引きをするのか、しないのか、するならそれは近いのか、遠いのか。
人生の決断をもつ鍋屋でするのは正解なのか、どうなのか。
「そうだ、これ。はい、ハッピバースディ トウ ユー」テンコは小さな紙袋を僕へと寄越した。
機嫌は少しよくなってるっぽい。満腹は心にも満ちるものだから。
「いいのに。毎年」
「いやいや、忘れたくても忘れらんないよ。誕生日がクリスマスなんてさ」
誕生日とクリスマスが一緒の日で幸せだと思ったことはいまだかつて、ない。
心が狭いのだ、僕という人間は。僕の誕生日はクリスマスのお祝いのついで、という気がずっとしていた。
「ありがとう、開けていい?」
「開けなくていい。ネイルだから」
ギターをひく身なので爪の補強に使ってはいる。
「透明?」と訊くと
「青色。可愛いよ。なによ……気に入らなかったらカノジョさんにでもあげて」
カノジョとはもう三年前に別れている。言いそびれていて、また今日も言いそびれた。
こうやって大切なことを言いそびれ続けてゆくんだろう、僕という人間は。
外は思いの外冷えていて、博多の夜のネオンサインが賑やかだ。
いつか星になるまで、の僕らは途中。
雑踏。
ざわめき。
星が見えないね、とテンコがつぶやいた気がした。
空を見上げるその横顔が目に沁みた。
メリークリスマス トウ ユー