シナリオ・「ウエストロード・ラブストーリー」(改編稿)②
平瀬たかのり

〇〈バラック〉店内(夜)
   暖簾をしまっている次郎。そこ
   に戻ってくる静真。軽く会釈を
   して階段を上ろうとする静真。
次郎「静真」
静真「はい」
次郎「明日、今日といっしょの串打っ
 たら、焼きは二度と任せん。ええな」
静真「――はい」
   階段を上っていく静真。
 
〇前同・二階。静真の部屋(夜)
   布団に入っている静真。何度も寝
   返りをうつ。眠れない。不意に左
   手の小指がビクビクと震える。小
   指を見る静真。
   手を伸ばし枕元に置いたラジオの
   スイッチを入れる。
DJ(声)「〈はい、というわけで、本
 日のゲストは今をときめくエンジェル
 スのお三方です。こんばんはー〉」
   驚く静真。ラジオを見る。
三人(声)「〈こんばんは!〉」 
美子(声)「〈ミコです!〉」
香奈(声)「〈カナです!〉」
早智(声)「〈サチです!〉」
美子(声)「〈三人そろって〉」
三人(声)「〈エンジェルスです!〉」
DJ(声)「〈相変わらず元気がいいねぇ。
 こっちまで元気になっちゃうよ〉」
美子(声)「〈元気がいいのだけが取り
 柄の三人です!〉」
香奈(声)「〈たたのバカじゃん、それ
 じゃ〉」
   三人の笑い声が響く。
DJ(声)「〈カナちゃんが『ドリーム・
 スコール』に続いてセンターで歌って
 るんだよね新曲『なみだ色ソナティー
 ネ』も〉」
香奈「〈はい。リードボーカルがんばっ
 てま~す〉」
DJ(声)「〈で、なんとなんとこの曲
 はサチちゃんが作詞に参加してるんだ
 よね〉」
早智(声)「〈はい。作詞家の中川先生
 といっしょに作らせていただきました〉」
DJ(声)「〈すごいなあ、作詞家デビュー
 だ。けどこの曲、前の曲とずいぶん雰囲
 気違って、切ないというか哀愁を帯びて
 るというか、すごく大人っぽい感じだ
 よね、カナちゃん〉」
香奈(声)「<はい。ちょっと背伸びして
 歌ってます。でもこんな歌詞書いちゃう、
 いつもセンチメンタル真っ最中なサチ
 に影響受けてるから哀愁の方は大丈夫
 で~す」
早智(声)「〈もう、ちょっと、やめてー〉」
DJ(声)「〈え、なにそれ、どういうこ
 と?〉」
美子(声)「〈サチはねー、サチはねー。
 アラン・ドロン様にとっても会いたいの。
 でも会えないの。だから悲しい悲しい乙
 女なんですよぉ〉」
早智(声)「〈だからもうやめてってばぁ〉」
DJ(声)「〈サチちゃんはアラン・ドロ
 ンが好きなんだ。また渋いねえ。会いた
 いくらい好きなのか。でもさ、全国のサ
 チちゃんファンの男の子はそれ聞いて
 ショック受けてるんじゃない?〉
早智(声)「わたしのファンは、わたしの
 気持ちを大事にしてくれる人ばっかり
 だから大丈夫です!」
香奈(声)「なんか上手いこと言ってるー」
早智(声)「うるさい、カナ」
DJ(声)「そうか。じゃあさ、サチちゃん、
 アラン・ドロンに告白しちゃおうここで〉」
早智(声)「〈は? え?〉」
DJ(声)「〈フランスまで聞こえてるかも
 よ、この放送〉」
美子(声)「〈聞こえてなーい〉」
DJ(声)「〈いーや、分からないよー。
 恋する乙女の気持ちは海をも超える! 
 はい、じゃあサチちゃん、アラン・ド
 ロンに今の素直な気持ちを、三、二、
 一、キューっ!〉」
早智(声)「〈――アラン・ドロンさん。
 ずっとずっと大好きなままです。いつ
 かきっと会いたいです――ちょっとも
 う、なにこれー〉」
美子(声)「〈ヒューヒュー。まいっちゃ
 うなぁ〉」
香奈(声)「〈アラン・ドロン様に恋す
 る乙女サチ!〉」
早智(声)「〈怒るよ、ほんともう!〉」
DJ(声)「〈ははは。ケンカしないの。
 じゃあサチちゃんの熱い愛の告白の余
 韻が残るままエンジェルスで――はい、
 三人でタイトルどうぞ!〉」
三人(声)「〈『なみだ色ソナティーネ』!〉」
   イントロが流れだし、エンジェルス
   の歌声がラジオから響く。じっと天
   井を見ている静真。
エンジェルス(歌)「〈ねえ 今どこにいて
 なにをしてるのあなた――〉」
   静真、起き上がる。押し入れの戸を開
   ける。丸めて立てていたポスターの輪
   ゴムを外し、その天地を持ち、広げる。
   バストショットの早智がにっこりと微
   笑んでいる。曲が早智のソロパートになる。
早智(歌)「〈こんなに逢いたいのに いつも独
 りぼっち 冷たい雨に 夜ごとうたれてるのよ 
 わたし――〉」
   静真、泣く。涙がポスターの早智の顔 
   にこぼれ落ちていく。
  
〇次郎の家・居間(夜)
   差し向ってこたつに入り、すきや
   きをつつきながら紅白歌合戦を観
   ている静真と次郎。
次郎「去年の紅白はどこで観たんや。お
 まえうちに誘っても断ったやろ」
静真「え? はぁ……」
次郎「翠ちゃんとか」
静真「――はい」
次郎「先月結婚したんやて。店もやめ
 たそうや」
静真「そうですか」
次郎「苦労してきた子やからな。上が
 りがブティックの奥様で万々歳や」
静真「ええ、そうですね」
   瓶ビールを差し出す次郎。軽く
   頭を下げ受ける静真。
次郎「恨んでへんのか」
静真「そんなのは、はい」
次郎「男にしてもろうたし、酒も覚え
 させてもろうた。おかげでこないし
 て差し向かいで飲める」
  グラスのビールを呷る静真。
次郎「ほら、肉食え静真。近江牛や
 ぞ、どんどん行け」
静真「はい、いただいてます」
次郎「おっ、出てきた出てきた。エ
 ンジェルスや」
   テレビに目をやる二人。画面
   の中、エンジェルスが『なみ
   だ色ソナティーネ』を歌っている。
次郎「レコード買うたりしてるんか?」
静真「――はい、一応」
次郎「そら買わななあ。なんせ天下のエ
 ンジェルスのサチとデートしたこと
 ある男やもんなあ、おまえは」
静真「それ、もうええですよ」
次郎「なんでや、ほんまなんやからか
 まわんやないか。コンサートとかに
 は行ったことあるんか?」
静真「いえ」
次郎「なんでやぁ、行ったらんかい、
 行ったらんかい。来年は行け。仕
 事休んでもかまへん、行け」
静真「そんなん、ええですよ」
   台所から次郎の妻、琴絵(33)
   がそばの丼が二つ乗った盆を持っ
   て来る。
琴絵「ちょっとあんた、はや絡み酒? 
 静真ちゃん困ってるやないの。ご
 めんねぇ、この人静真ちゃんとお
 酒飲めるのが嬉しいてしかたない
 んよ」
次郎「なんやおまえ、もうそば持っ
 て来たんか。まだわしらすき焼き
 食べてるやないか」
琴絵「いっしょに食べたらええやな
 いの」
次郎「せわしないなあ。静真、そば
 も食え、そばも。肉乗せて食え」
静真「はい」
   そばをすすり始める二人。
琴絵「静真ちゃんはほんまにええ子
 やねえ」
次郎「もてるなあ静真。もてもてや。
 さすが女殺しの静真やな」
静真「――やめてください」
次郎「はははっ。照れとる。旨いか
 静真」
静真「はい。旨いです」
   そばを食べる静真を微笑んで
   見ている次郎と琴絵。

〇青空
   夏。太陽がギラついている。

〇〈バラック〉入口
   打ち水をしている静真。空を
   見上げ汗を拭く。打ち水を終
   え、店に入る。

〇前同・店内
   カウンターの椅子に座り、ア
   イスキャンデーを食べながら
   スポーツ新聞を読んでいる次
   郎。
次郎「しかしビックリしたよなあ」
静真「はい?」
次郎「エンジェルスや、エンジェ
 ルス。解散発表って、なにがあっ
 たんや」
   スポーツ紙の裏一面を静真に
   見せる次郎。〈エンジェルス
   来年三月で解散!〉の文字が
   大きく載っている。
静真「ああ」
   厨房に入り、仕込みを始める静
   真。
次郎「なんや。薄い反応やな、おまえ」
静真「そら、いつかは解散しますよ」
次郎「いや、そうやけどやな。テレ
 ビ点けたら見やへん日ぃないよう
 な人気バリバリの最中に解散せん
 でもええやないか。ケンカでもし
 たんかいな、これ」
静真「それはないと思いますよ」
次郎「――ふーん。コンサートいつやった?」
静真「来月、円山公園の音楽堂です」
次郎「そうか。楽しみやなあ。久々、愛す
 るサチちゃんに――あっ!」
静真「はい?」
次郎「そうか、そうかぁ。分かったぞぉ。
 会うな、おまえ。コンサート終わって
 から会う約束してるなサチちゃんと。
 どないして連絡とったんや、え、言
 うてみい」
静真「なにを言うてはるんですか。そ
 んなわけないでしょう。相手芸能人
 ですよ」
次郎「いーや図星や。そやからエンジェ
 ルス解散でも余裕のよっちゃんか。
 かーっ、たまらんなあ。続きがあっ
 たわけや。アイドルいてこますかあ」
静真「勝手に妄想しとってください」
次郎「やるなあ、さすが女殺しの静真
 やなあ」
   ひとりで盛り上がる次郎をよそ
   に、苦笑しながら串を打ち続け
   る静真。

〇円山公園音楽堂(夕方)
   二五二八人収容の円山公園音楽
   堂。野外の客席はベンチタイプ
   の椅子が扇形に広がっている。
   前列五席目までは、ハチマキを
   してハッピを着た親衛隊が陣取っ
   ている。中央あたりのベンチ、
   端に腰掛ける静真。徐々に客席
   が埋まっていく。
     ×    ×   ×
   薄暗くなり、バックバンドのメ
   ンバーが登場。指笛、拍手。ド
   ラマーのカウント。
   演奏が始まり、客席にいた誰も
   が立ち上がる。『ラッキーガー
   ルにご用心!』のイントロが最
   高潮になり、エンジェルスの三
   人が舞台左袖から駆け足で登場
   する。大歓声の客席。全員が立
   ち上がる。早智をじっと見つめ
   る静真。唄い出す三人。
     ×    ×   ×
   唄い終え、並び立つ三人。
美子「みなさーん、こんばんはー!」
観客「〈こんばんはー!〉」
香奈「あれー、声が小さいぞー! こ
 んばんは!―!」
観客「〈こんばんはー!!〉」
早智「もっともっと! こんばんはー!」
観客「〈こんばんはー!!!〉」
美子「ありがとうございます。エンジェ
 ルスです」
   三人、深く頭を下げ礼をする。
   万雷の拍手。
美子「えー、突然の解散発表、驚かれ
 たことと思います。応援してくださっ
 ているファンの皆様にはたいへん
 申し訳なく思っています」 
香奈「わたしたち、結成したときか
 ら決めてたんです。いちばんいい
 時に解散しようって。その日まで
 わき目もふらず頑張ろうって」
早智「青春の全てをエンジェルス
 に賭けてきました。そんなわた
 したちのわがままを、どうか許
 してください――全国ツアー最
 終日、横浜スタジアムが終わる
 まで、コンサート、テレビ、ラ
 ジオ、精一杯、心をこめて歌い
 ます!」
   深く頭を下げる三人。大き
   な拍手がわきおこる。頭を
   上げる三人。
美子「ありがとうございます――
 わたしたちデビューしてすぐ、
 キャンペーンでここ、京都にやっ
 てきました。東京以外での最初
 のキャンペーンの地が、京都で
 した」
香奈「パチンコ屋さんの前とか、
 スーパーの駐車場とか、レコー
 ド屋さんの店先で歌いました。
 そんなわたしたちが今、伝統
 のある円山公園音楽堂のステー
 ジに立っています」
早智「あの日を忘れたことはあ
 りません。思い出の街、大好
 きな街、ここ京都が最後のツ
 アー出発の地です! 思い切
 り歌います! 今日は最後ま
 で楽しんでいってください!」
美子「いくよ! 『渚のサンシャ
 イン・ボーイ』!」
   イントロが始まり大歓声
   が沸き起こる。
    ×    ×    ×
   唄い、踊る三人の姿。ずっ
   と早智を見ている静真。     
   ×    ×    ×
   ステージは無人。アンコー
   ルの声が客席から鳴り響い
   ている。
   まずバンドメンバーが現れ、
   続いてエンジェルスの三人
   が現れる。客席向かって右
   から美子、早智、香奈の順
   で立っている。大歓声。
美子「アンコールありがとうござ
 います」
   深く礼をする三人。拍手が
   起きる。
美子「わたしたち、ステージから
 見える景色が大好きなんです――
 意外とはっきり見えちゃうんだ
 よ。みんなの顔」
香奈「うん。京都親衛隊のみんなー、
 最後までコールリードしっかり頼
 むよー!」  
   沸き上がる親衛隊。
美子「わたしたちエンジェルス、こ
 れから解散までに三枚のシングル
 を発表する予定です。明日発売の
 その第一弾は、この並びを見て
 お分かりのとおり、初めてサチが
 シングル曲でセンターをつとめます」
   深く礼をする早智。声援が飛ぶ。
早智「ファンの皆様の前で歌うのは、
 今日が初めてとなります。ひとりで
 詞を書きました。聴いてください
 『シークレット・デート』」 
   バックバンドがイントロを演奏
   し始める。
   客席の静真、ベンチとベンチ
   の間の通路に立つ。
   リズムを刻みながら客席を見
   渡していく早智。
   静真に気づく早智。驚く。ス
   テージの早智、客席通路の静
   真、見つめあう。静真、微笑
   んで右手を振る。動かなくな
   る早智。観客に背を向ける。
   涙を拭う。
   早智の異変に気付いた美子と
   香奈。バンドに演奏をやめる
   よう指示する美子。
   騒めく客席。
   ステージ上で三人が寄り添っ
   て話しをする。客席に目を向
   ける美子と香奈。静真を認め
   る。早智の頭を撫でる美子。
   両手を握り振る香奈。涙を拭
   いながら二人に何度も頷く早
   智。
   三人、ステージに向き直って。
美子「ごめんなさい。あのですね、サ
 チが感極まっちゃったみたいです」
香奈「なんせセンチメンタル乙女サチ
 なもんで、許してやって」
   笑いと拍手がおきる。うつむい
   ている早智。早智に声援が飛ぶ。
   早智、顔を上げて。
早智「ありがとう。ごめんなさい。今
 度はしっかり唄います。じゃあ改め
 て『シークレット・デート』
  拍手と歓声。バンドがイントロを
  奏で始める。
  唄い出すエンジェルス。
エンジェルス「♪ラブ・アット・ファー
 ストサイト ふたりいっしょに
 ハブ・ア・クラッシュ・オン 恋
 に落ちたの 昼下がりの街中

 深呼吸 ダイヤル回すの
 震える指先 呼吸がはやくなる
 初めてよ こんな気持ち
 わたし 人見知りなのに

 さあ あなたの街へ 行くのよ
 ドアが開くの 待ちきれなくて
 いま はだしの心で 駆けてく
 弾けてしまいそう この胸
           
 誰にも知られたくない
 そうよ 二人のデートはシークレット
 ときめきの街 秘密の 秘密の時間   

 モン・ボー・シュヴァリエ ナイトはあなた
 ディ・モア・チュメーム? 手つなぎ歩くの 
 朝陽さす街中

 肩並べ シネマを観るの
 こぼれる涙 あなたに見られてる
 初めてよ こんな気持ち
 永遠(とわ)に忘れないこの瞬間(とき)

 さあ もっと歩こうこの街
 行きかう人の 流れにまかせて
 ほら 小指の糸が 見えるわ
 ずっとつながったまま これから

 誰にも知られたくない 
 そうよ 二人のデートはシークレット 
 きらめきの街 秘密の 秘密の時間

 ねえ ゆびきりしよう 約束の
 発車のベル 二人を急かせてる 
 ねえ 出会えた場所で待ってて
 強く抱きしめてね 今度は
 
 誰にも知られたくない
 そうよ 二人のデートはシークレット
 たそがれの街 秘密の 秘密の時間

 マイ・スウィーテスト・オンリー・ユー」
   生き生きと唄う早智。間奏で静
   真を見て、笑顔を見せる。静真、
   微笑んで早智を見ている。
   曲が終わる。後奏が鳴る中、いっ
   たん客席に背を向ける三人。振
   り返って最後のポーズ。早智、
   マイクを口元に。通路の静真を
   見て。
早智「出会えた場所で、待ってて」
   微笑み頷く静真。
   早智も微笑んで頷く。
   曲が終わる。大歓声と拍手。
   アップテンポのイントロが鳴
   り始め、再び早智は客席向かっ
   て左側へ。
美子「わたしたちを翔びたたせた歌! 
 『天使の羽音』!」
   飛び跳ねる三人。熱狂する客席。
   静真に大きく手を振る早智。
   早智に大きく手を振る静真。
   唄い始めるエンジェルス。

〇京都ホテルオークラ・全景(夜)

〇前同・宴会場(夜)
   立ち飲み形式で、エンジェル
   スのコンサートの打ち上げが
   行われている。楽し気に飲み
   食いしているバックバンドの
   メンバーやスタッフ、その他
   関係者たち。
   マネージャーである岡崎(39)
   の前に立つエンジェルスの三人。
美子「岡崎さん」
岡崎「んぅ、なんだ」
美子「ちょっと夜風に当たってきたい
 んです。小一時間ほど鴨川べり、散
 歩してき ていいですか」
岡崎「あぁ、散歩ぉ? なんだそれ」
香奈「三人で今日の反省会したいん
 ですよ」
岡崎「んなもの部屋でできるだろう
 よ」
美子「せっかく京都来たんだから、
 夜の鴨川歩
いたっていいじゃないですか」
岡崎「ファンに見つかったらややこ
 しいことに 
なるだろうがよ」
香奈「夜だし、川っぺりだし、そ
 んなに人歩いてないから大丈夫
 ですよ。だいたいわたした 
 ちが普通に歩いてるなんて、だれ
 も思いませんって」
岡崎「――しかたねぇなあ。早く帰っ
 てこいよ」
美子「ありがとうございます。じゃ
 あ、行こうか」
  岡崎に背を向ける三人。
岡崎「ああ、早智」
   早智振り返って。
早智「はい」
岡崎「今日の『シークレット・デー
 ト』よかったぞ。ラストのアド
 リブすっげえ決まってたわ。
 あれ定番にしようや」
早智「ありがとうございます。で
 も、あれは今日だけなんです」
岡崎「なんでだよ。あれよかった
 ぞぉ、ほんとに」
美子「じゃ、ちょっと行ってき
 まーす」
   岡崎に背を向ける三人。
岡崎「なあ早智。定番にしようや、
 あれ」
   振り向かず宴会場を出ていく三人。

〇前同・宴会場を出たところの廊下
   かたまっている三人。
早智「やっぱり、ついてくるの」
美子「――うん、残念ながら」
   頷く香奈。
香奈「今日の早智、一人にしたら最後
 まで突っ走る」
早智「そんな、会うだけだよ」
美子「ここの門限は十二時。それま
 でに戻ってこれる自信ある?」
早智「あるよ、そんなの」
香奈「もしも高倉君が『部屋に来て
 ほしい』って言ったら?」
   ハッとなり、うつむく早智。
美子「そんなことになったら大騒
 ぎになる。マスコミだってかぎ
 つける。でしょ?」
   美子、早智の頬に手をやる。
美子「解散まで待てなんて言って
 ない。ただあんまり急だって言っ
 てるだけ」
香奈「うん。もうちょっとだけが
 まんしよ、早智。けど、ほんと
 にいるかな彼?」
早智「いる。絶対いる」
   強く頷く早智。

〇御池通り(夜)
   歩道に立っている三人。香奈
   が手を大きく振っている。タ
   クシーが停車する。

〇タクシー車内(夜)
   美子、早智、香奈の順で後部
   座席に乗り込む三人。
   早智、運転手の西島(27)
   に告げる。
早智「西大路三条の三条会館まで
 お願いします」
西島「三条会館って、パチンコ屋の?」
早智「そうです」
西島「――はあ」
   発車させる西島。
   早智の手を握る美子と香奈。二
   人の手を握り返す早智。
    ×    ×    ×
   御池通りを走り続けるタクシー。
   西島、バックミラーを直すふ
   りをして三人をちらちらと見る。
西島「あの~」
香奈「はい?」
西島「そんなことないって、思うんや
 けど。もしかして、もしかしてエ
 ンジェルスの三人とかっていうこ
 と、ないですよね?」
   三人、顔を見かわして。クス
   クス笑い。
美子「ミコでーす」
香奈「カナでーす」
早智「サチでーす」
美子「三人そろって」
三人「エンジェルスでーす」
西島「えぇぇ~~っ、なんで~~っ!? 
 うっそぉ~~っ!?」
   三人、笑う。
西島「俺、俺、ファンなんっすよぉ! 
 レコード全部持ってます! 今日、
 円山公園でコンサートやったんっ
 すよね!? めっちゃ行きたかっ
 たんやけど、出番やし……てか、
 なんでぇ!? えぇっ、信じら
 れへん!」
   美子、運転手席後部に下げ
   られた名札を見て。
美子「西島正幸さん。あなたは今夜
 カボチャの 馬車の御者です。
 光栄に思ってくださいね」
西島「えっ、えっ、なんすかそれ!?」
香奈「ねえ西島さん。今日わたし
 たちがあなたのタクシーに乗った
 こと、誰にも言わないって約束で
 きる?」
西島「しますっ! 絶対約束しま
 すっ!」
香奈「えー、ほんとかなあ。西島
 さんなんか口軽そう」
西島「俺、ほんまに誰にも言いま
 せん! 言い 
ませんよ!――あの、カナさん、
 俺、口軽そうに見えるっすか……」
香奈「ふふっ。ごめんね西島さん。
 信じるよあなたのこと。あとで
 住所教えて。もしずっと黙って
 てくれたらね、スタッフに頼ん
 で解散コンサートのチケット贈っ
 てあげる。アリーナ最前列のやつ」
西島「まっ、まま、マジっすかぁぁっ!?」
香奈「届くのは来年になるかな。お仕
 事忙しそうだけど、大丈夫?」
西島「先だから大丈夫です! 会社に頼
 んで、その日は絶対休みにします!」
香奈「横浜まで絶対来てよぉ、西島さん」
西島「はいっ! 絶対行きます! 俺、
 ホントに誰にも言いませんから!――
 ふぉぉっ、俺いま、エンジェルス乗せ
 てるぅ~~っ!」
   御池通りを疾走していくタクシー。

〇西大路三条・〈三条会館〉駐車場(夜)
   駐車場に立っている静真。
   西大路通りを南からタクシーが
   やってくる。駐輪場の前で止まる。
   後部ドアが開き、降り立つ香奈、
   早智、美子。美子精算時西島に。
美子「じゃあ西島さん、一時間後に、
 またここにお願いしますね」
西島「はいっ!」
   西大路通りを北上して去って
   いく西島のタクシー。
   静真と早智、向かい合う。
早智「分かってくれたんだ、本気で
 言ってるって」
静真「そりゃ、分かるよ」
香奈「いたんだねえ、ほんとに」
美子「お邪魔虫ごめんね、高倉さん。
 ほんとは早智ひとりでここに来さ
 せてあげたかったんだけどね」
香奈「ま、お目付け役ってことで。
 あー、覚えてる覚えてる、ここ。
 懐かしいー」
   早智と静真、見つめあい続ける。
   
〇三条坊町児童公園・入口(夜)
   公園の銘板が映る。

〇前同・内(夜)
   三条会館から歩いてすぐの児
   童公園。ベンチに座っている
   静真と早智。少し離れた場所
   にあるブランコに乗っている
   美子と香奈。
静真「この匂いがアラン・ドロン?」
早智「え? あ、うん。ホテル戻っ
 てシャワー浴びてからまたつけて
 きた。いつもずっとつけてる。高
 倉君からもらったのはなくなっちゃっ
 たけど、ボトルは大事に残してる
 んだ」
静真「そうなんだ」
早智「あのさ、ごめんね高倉君」
静真「え、なにが」
早智「前に歌番組でさ、男の人とデー
 トしたことないなんて、言っちゃっ
 たことあるんだ」
静真「ああ、それ見てた」
早智「やっぱり見てたんだ。あんな
 のって、台本があってね、受け答
 え最初から決まってるの。でもわ
 たしすごく嫌で――高倉君テレビ
 見てたら絶対怒ってるって。ずっ
 と気になってて」
   早智の横顔をじっと見る静真。
   うつむく。
早智「高倉君?」
   静真、うつむいたまま。
静真「そんなん、ずっと、気にして
 たんか?」
早智「そうだよ、ずっと気になって
 た。怒ってる? 高倉くん」
静真「――なに言うてんのや。そん
 なん言うたら、俺、俺なんて……
 俺、年上の、女の人とな……」
早智「年上の女のひとと?」
   うなずく静真。
静真「……あんなん、あんなんただ
 のアイドルの気まぐれやなんて途
 中から思ってて……」
早智「気まぐれだったら、わたし今
 ここにいないよ」
   何度もうなずく静真。
静真「ラジオも聴いたんや。あの、
 アラン・ドロンさんへ、ってやつ」
早智「あれかぁ。へへへ、あれもホ
 ントは台本。美子と香奈が作って
 くれて持っていったんだ。DJの
 人はホントのアラン・ドロンに言っ
 てるって思ってたけどね。オンエ
 ア前にさ、こっちの小指がピクピ
 クしたの。だから、なんか絶対、
 高倉君、聴いてくれてるって思っ
 てた」
   静真の目から涙が落ちる。
静真「聴いてたよ、聴いてた」
早智「――その女の人とは今でも?」
   首を横に振る静真。
早智「よかった。でも高倉君、自分
 のこと、『俺』って言うようになっ
 たんだね。なんかかっこいい」
   顔を上げ早智を見る静真。微
   笑んでいる早智。
早智「男の子だもんね。そういうこ
   ともあるって、思ってたよ」
静真「吉沢さん――」
早智「今、高倉君わたしの目の前に
 いる。それが、あの日から今日ま
 での答え。それでいいんだよ――
 でも、会うのちょっとフライング
 だね。エンジェルスのサチじゃな
 くなる前に会っちゃった」
静真「うん」
早智「ずっと会いたかった。ずっと、
 ずっと」
静真「うん」
   早智、ブランコの美子と香奈
   を見て。
早智「ねぇー、ちょっとだけ向こう
 向いててー」
美子「えー、見てない間に二人でど
 こか行こうとかしてない?」
香奈「ダメ。見てる」
早智「行かない。どこにも行かない。
 二人の事裏切ったり絶対しない! 
 だからお願い、ちょっとだけ」
美子「あーあ、仕方ないなあ」
香奈「まあ、こうなることは分かっ
 てましたけどね」
   反対側を向いてブランコに乗
   る二人。
早智「なによ、バージンなのわたし
 だけなんだから、ちょっとくらい
 いいじゃない」
静真「そうなんか」
早智「ふふふ。美子は社長の長男で
 販促係長の友行さんと、香奈はバッ
 クバンドのベースのテッちゃんと
 つきあってる。――絶対誰にもしゃ
 べっちゃだめだよ、これ」
静真「分かってるよ、そんなん」
早智「美子と香奈だったから続けら
 れた。解散してもずっと連絡取り
 合おう、いっしょに旅行とか行こ
 うって言ってるんだ」
静真「仲ええんやな、ほんまに」
早智「うん。三人そろってエンジェ
 ルスだもん。それは永遠」
静真「どうするん、横浜スタジア
 ム終わったら?」
早智「うん。とりあえず半年ほど
 休む。それからは三十歳くらい
 までは芸能界にいて歌のお仕事
 してもいいかなって思ってるん
 だけど、でも――」
静真「でも?」
早智「両親にもだいぶお金遺せた
 からさ。焼き鳥屋の奥さんにな
 るのも悪くないかなって思った
 りもしてる」
静真「え――」
早智「解散したら何回も京都来る。
 マスコミに見つかったっていい。
 そのときはエンジェルスのサチ
 じゃないんだもん」
静真「うん」
早智「ずっとがまんしてきたんだ
 よ、わたし」
静真「うん」
早智「年上の女の人に取られるの
 なんていやだ」
静真「うん、ごめん」
早智「そうだよ。わたしはずっと
 高倉君一筋だったのに。会えな
 くても一筋だったのに。ひどい
 よ高倉君」
静真「うん、ほんまにごめん」
早智「ねえ、名前で呼んで」
静真「――早智」
早智「静真」
   二人、顔を寄せキスをする。
   唇を離し。
早智「あの日はほっぺただったね」
静真「うん」
早智「ほんとに、ほんとにわたし
 今のがファーストキスなんだよ」
静真「うん」
早智「言ってくれないの?」
静真「え?」
早智「『俺の部屋に来い』って」
静真「――それは、今は言えない」
   早智、静真をじっと見つめ
   て。微笑み頷く。
早智「高倉君、全然変わってない
 ね。あのね、十二月にもう一回
 京都での公演があるの。場所は
 京都府立体育館」
静真「府立体育館か、すごいなあ」
早智「ねえ、連絡するから、その
 日の夜は同じホテルにお部屋取って」
静真「――うん、分かった」
早智「絶対だよ。がまんできない夜は、
 じぶんで慰めてきたんだよ。静真
 のこと思って」
静真「うん」
早智「分かってんの、ほんとに」
静真「うん」
早智「『うん』ばっかり」
静真「うん」
早智「あははっ」
   二人、また唇を合わせる。
   激しく口づけ合う。
美子「おーい、まだかぁ、長いぞぉ」
香奈「いいならいいって言ってくれー」
   二人の声が聞こえないかのように、
   静真と早智、抱き合い、むさぼる
   ように互いの唇を求めあい続ける。
               
〇物語冒頭に戻って・〈バラック〉二階、
 静真の住んでいた部屋
次郎「早智ちゃん来たときはこの部屋
 に泊まってたんやで」
浄悠「この部屋に」
次郎「うん。最初のとき静真、そら照れ
 くさそうに言うてきてなあ。あの顔忘 
 れへんなあ」
   浄悠、二人の写真を見て。
浄悠「このお写真はそのときに?」
次郎「ああ、わしが撮ったもんや」
浄悠「そうですか」
   浄悠、壁のポスターを見やって。
浄悠「けど、ほんまに色あせてないん
 やなあ」
次郎「浄雲から聞いたか」
浄悠「はい。一回も貼り替えてない
 んでしょ、これ」
次郎「ああ、静真が当時に貼ったまま
 や。昨日貼ったみたいやろ――――
 何回くらい来たかなあ早智ちゃん。
 いっつもおんなじ運転手のタクシー、
 店の前 に横付けさせてな。あの若
 い運転手は二人の事知ってた」
●インサート
   〈バラック〉の前に立っている
   静真。その前にタクシーが停ま
   る。降車し、後部座席のドア
   を開ける西島。早智が降りる。
   見つめあう静真と早智を微笑
   んで見ている西島。
浄悠「盛大なご葬儀やったようですね。
 それもこの前動画で観ました」 
   何度もうなずく次郎。
次郎「なあボン。静真の骨、世話に
 なるときな、隣のお守りも静真の
 骨壺に入れてええか。中はおんな
 じ、人の骨やよって」
浄悠「骨――あの、それって」
次郎「うん。早智ちゃんのお骨や。
 葬式の時、ご両親に頼んで一カ
 ケ貰うたそうや。それからそな
 いしてお守り袋に入れて、斃れ
 る日まで首から提げてたんや」
浄悠「そうですか。はい、分かり
 ました」
次郎「うん、おおきに。けどそれ
 ももうちょっと先の話や。まだ
 しばらくはこの二人、このまま
 にしといてやりたいんや」
浄悠「そしたら佐村さんも元気
 でおられませんとね」
次郎「うん。二人のところに行
 くのはまだまだ早いわい」
浄悠「僕、今晩もエンジェルス観
 ますわ。円山公園音楽堂のコン
 サートも収録されてますねん。
 まだ観てへんから、今日はあ
 れ観よ」
次郎「そうか。それ、静真が観
 に行ったやつや。ボンみたい
 な若い子に観てもろうて早智
 ちゃんも喜んでるやろ」
琴絵「静真ちゃんは妬いてるか
 もね」
   笑う三人。次郎の骨壺と
   早智のお守り袋、〈アラ
   ン・ドロン〉の香水に目をやる。
浄悠「親父から聞きました。減って
 いくんでしょ、この香水も」
次郎「うん、そうなんや」
浄悠「揮発してるっていうわけでは?」
次郎「にしては勢いが速すぎる。あ
 いつが死んでから、何本買うたか
 分からん」
琴絵「なくなりかけたら、うちが買
 いにいくんよ」
浄悠「そうですか」
   微笑む写真の静真と早智を見
   つめる次郎、琴絵、浄悠。

〇京福電鉄・四条大宮駅前
   スマホを弄って人待ちしている
   マスクをした大学生の結衣(19)。
   同じく大学生翔太(19)がやって
   くる。
結衣「翔太おっそーい。待たせるとか信じ
 られないんですけどー」
翔太「うっせーつの」
   二人、手をつないで駅構内に入る。

〇京福電鉄・車両の中
   走っている京福電車。手を繋いで
   席に座っている結衣と翔太。乗車
   しているのは老婆がひとり。
結衣「かわいいよねこの電車。通称嵐電っ
 て言うんだよ。名前はけっこういかつい
 けど、でもめっちゃかわいい」 」
翔太「なんでもかわいいって言うよな結
 衣は」
結衣「そんなことないよ。わたしかわい
 いものしか、かわいいって言わないか
 らさ。あー、人生初の嵐山だー。楽し
 みー」
    ×    ×    ×
〇西大路通り・歩道
   手を繋いで歩く静真と早智の後ろ姿。

〇京福電鉄・西大路三条駅
   停車する車両。ドアが開く。乗客は
   いない。発車する電車。

〇前同・車両内
結衣「あれ?」
翔太「なに、どした?」
結衣「いい匂いする」
翔太「え?」
   結衣、マスクを少しはずして。
結衣「うん、やっぱりする」
   翔太もマスクを少し外して。
翔太「あ、ほんとだ。鼻いいな結衣。」
結衣「これってさ、アラン・ドロンっ
 て香水の匂いだよ」
翔太「は? なにそれ」
結衣「一番上のお姉ちゃんがつけてた
 香水なの。だから知ってる」
翔太「ふーん。アラ――なんつった」
結衣「アラン・ドロン。むかしの外国
 の俳優の名前なんだって」
翔太「へーえ」
結衣「でも、急になんでだろ。不思議
 だよね」
翔太「あのおばあさんがつけてると
 か?」
   老婆を見る翔太。
結衣「ありえないでしょ、それ」
   笑う二人。その向かいの席に
   手を繋いで十九歳の静真と早
   智が座っている。
   車両が三条坊町児童公園の前
   にさしかかる。指をさす早智。
   笑う静真。
   身を寄せ楽しそうに話を続け
   ている翔太と結衣。
   身を寄せ楽しそうに話を続け
   る静真と早智。
   嵐山行きの京福電鉄の一両電車が路面を走り続けていく。
                          (了)


散文(批評随筆小説等) シナリオ・「ウエストロード・ラブストーリー」(改編稿)② Copyright 平瀬たかのり 2023-12-12 17:47:44
notebook Home 戻る