冬の裸歩き
ただのみきや

冬のささやきに染まる頬
たぶらかされる唇もまた
つめたい 
熾火のよう 
ことばは
今朝の淡雪すら溶かしはしない
樹々を渡るすずめらの
目くばせほどのぬくもりも
変わらない距離で深まってゆく
空白で行方知れずのまま


さあとりもどそう
最初から失われていた
わたしの人型の洞
おまえにことばの身体を与えよう
さあ鳴り響け
匂い立て
風のような予感
煙のように不可解で
意味ありげな目くばせで
舞踏を秘めたことばの裸婦像よ
幾重もの錯誤と誤読
万華鏡の中で脱ぎ散らかして
美醜と善悪の四辻に立つ日時計よ
狙いすまして崩れかかる塔のように
叫ぶ聾唖の幼子のように


街中が雪をかぶっている
雲はうすく空に隙間もない
つがいのカラスがすずめみたいに膨らんで
ナナカマドの低木にとまっている
赤い実が冬至祭の飾りのよう
すべてがつめたく張りつめている
この日常に人の皮膚もなれてゆく
感慨深くてもぼんやりしていても
がむしゃらでも
息は白く 
生気はとどまらない
吸われてしまうのだ 
顔と顔が触れるほどすぐ傍にいる冬に


太陽の蕾
霧の中のバラ
海が胎からあふれるように
光は破れ出て産着を焼き尽くす
夢は灰を残さず
涙の水脈は地深く隠される
ふと欠片を見つけ
思い出そうとするが
するほどに遠のいて
忘却の足もとではいつも唖の鈴が
さみしい光を放っている


風に舞う一枚の便せん
雪空に蝶を求め
冷気に色を失いながら
遠く流されてゆく
凍ったアスファルトを厚い靴底が無造作につかみ
つかみそこねた刹那
胡桃のように何かが割れた
思い出した
わたしは枯葉のように軽い男だった
湖に落ちて
全ての水を吸って重くなったのだ
わたしの歩みは地下水となり
わたしの思考は水蒸気となり霧散した
氷柱の中でまどろむ心臓
青い花びらを詰まらせた心臓


長い長い鉄の鎖が体の中を列車の音で走り回る
痛みはないが肉が挽かれる嫌な感触だけがあった
焼けた鉄と機械油のにおい
数珠繋ぎになって暴れ回る
あの名付けようのなかった違和の群れは
幻覚となって現れることでことばに捕縛されていった


外套は厚くなり
衣服は重ねられ
息を白くして人は街を歩く
街路樹は原罪以前のアダムとエバだ
鳥たちはまるく膨れながら
小さな瞳を風花に向け
かすかに頭をかしげる
なにか考えあぐねているかのように


自然は人には無関心だ
人だけがままならぬものに摂理を投影し
人以上神未満のぼんやりとしたなにかを想像して
ゆるやかな支配を暗黙に容認する
見える世界とうまくかみ合うための見えない世界観
こころを保護する被膜
行間やページの間に自分とよく似た作者の幽霊を見出すように


ふと「白金カイロ」というものを思い出す
もうないかと思って検索するとまだ売っている
なぜだか無性に欲しくなった
すると今度はドアーズの Light My Fire
「ハートに火をつけて」を思い出した
別に火が点かないわけじゃない
理由が見当たらないだけだ
白金カイロに着火するのは
カイロのためではなく人のためだ
誰かを温めたいなんてとんと思うことのない今日この頃
こころに火を点ける気になどなるものか
つめたいならつめたいままでいい
なまぬるく良い人ぶるよりよっぽどいいさ



                       (2023年12月3日)









自由詩 冬の裸歩き Copyright ただのみきや 2023-12-03 13:37:56
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