きのこの山・たけのこの里
猫道

僕が家に帰ってきて、ランドセルを置くと、お父さんは言いました。

「お前またタケノコと遊んできたのか。あんな奴らと付き合うとロクなことはない。」

僕が返事をする前にお父さんは先を続けます。

「タケノコの奴らは放っておくとすぐ根を張ってはどんどん増える。
 皮を剥いでもまた皮で、中身がない上嘘つきだ。」

最近、学校のクラスにはタケノコが増えて、僕らキノコと同じくらいの数になりました。

「キノコには何と言っても将来性がある。マツタケやトリュフのように高収入をめざすことだって
 夢じゃない。だからお前も必死で勉強しなさい。」

父さんは何かとタケノコに負けないようにと僕に言います。
でも、難しいものは難しい。成長期のタケノコは、クラスでたいてい一番背が高いのです。
走り幅跳び、水泳、剣道。よくしなる身体はオリンピックや国体の華で、僕らは密かにタケノコに
憧れているのです。


そんなある日、僕の町で大騒ぎが起こりました。タケノコの警察官が、キノコの青年と口論になり、
発砲してしまいました。キノコの青年は亡くなりました。丸腰で手を上げていたにもかかわらず
撃たれたと言います。それを聞いた街中のキノコは怒りました。お父さんは無罪を主張する
タケノコの警察官をひどくなじりました。

「タケノコは嘘つきだと言ったろ? 今度という今度は許さないからな!」

抗議に集まったキノコたちは辺り一面に胞子を飛ばしました。スーパーマーケットも、役所も、
公園も、駅も、図書館も、瞬く間に小さなキノコで覆われ、大統領は非常事態宣言を出しました。
その日から、学校ではタケノコとキノコがそれぞれかたまって別々に登下校するようになりました。
家の前の中央通りを隔てて、キノコが多く住む区域とタケノコが多く住む区域は分かれます。
先日の騒ぎの跡がまだ残る、小さなキノコがまばらに生えた中央通りを、僕は友達と連れ立って
登校します。同じクラスの背の高いタケノコ達が、すぐ横を足早に通り過ぎて行きます。
聞くところによると、タケノコの家でも我が家と同じことを言われるそうです。

「タケノコには何と言っても将来性がある。将来的には、かぐや姫のようなスターが出て、
 時代の寵児になることだって夢じゃない。だからお前も必死で勉強しなさい。」

キノコに負けるなということだそうです。


やがて、タケノコが多く住む地域を独立させる住民投票が可決されました。
中央通りには独立を喜ぶたくさんのタケノコ達が爆竹を鳴らし、
竹馬に乗って青竹踏みをするコツコツコツコツ!という音が鳴り響き、朝まで止みませんでした。
クラスメイトと離ればなれになるのは寂しかったけど、僕はどこかでホッとしていました。
なぜなら、独立が決まったあの時のキノコの大人たちの苦々しい表情が忘れられないからです。
それからというもの、僕らキノコは毎週末広場に集められ、結束を強めるため
交代で大きなモニュメントを建てることになりました。もちろんキノコの形です。
中には迷路をつくり、将来的に大統領のお墓にするのだそうです。たくさんのキノコが集まって、
大きなキノコが出来上がっていくのは、僕にはとても素敵なことのように思えました。
いつの間にか、タケノコのいないキノコだけの学校・キノコだけのクラスにも慣れていきました。


気がつけば月日はめぐり、キノコの青年がタケノコの警官に撃たれて亡くなった命日になって
いました。その日、キノコの街からタケノコの街へ、ロケット弾が発射されたというニュースが
報じられました。一部の過激派の犯行だそうです。タケノコにどれほどの被害が出たのかは
わかりません。ただ、夜になってもタケノコの街の方は明るく、何かが燃えているようでした。
翌朝、午前8時15分(晴れ)。あの日あの時観た景色を僕は忘れることはないでしょう。
学校に行こうと家を出ようとした瞬間。突如として眩しい光が降り注ぎ、今まで聞いたことの無い
ような大きな爆発音がドーン!!!!!!!!!!と鳴り響いたのです。

驚いて外に出てみると、広場のほうで大きな煙が上がっていました。
なんということでしょう。僕は自分の目を疑いました。
途中までできていたあの大きなキノコのモニュメントが、跡形もなくなっていました。
それだけではありません。その代わりに、真っ黒い煙が大きなキノコ雲になって、
広場から上空へと昇っていました。タケノコの街から発射された小さなタケノコが、
キノコの街で大きなキノコに変わったところを、あの日たくさんのキノコが目撃しています。
救急車や消防車のサイレンが辺りにこだまして、テレビ局のヘリコプターが飛び交い始めました。
僕はその光景を映画のワンシーンを観るかのように茫然と眺めていました。


その時、何故だか僕は、何年か前に学校で行った社会科見学のことを思い出しました。
今からずっと昔、この街はやはりキノコとタケノコで住む場所が分かれていて、自由に行き来が
できなかったそうです。かつての中央通りには大きな壁が作られ、街を真っ二つにしていました。
その後、壁の撤去とキノコとタケノコの統一を記念して、冬にはチョコレートで壁を復元し、
初夏の訪れとともにドロドロに溶けてゆくチョコレートの壁を、皆で切り分けて食べるという祭り
が、4 年に一度行われていました。僕たちが見学したのは、壁の跡とチョコレート祭りです。
あの日、もらったチョコレートで手や口を汚しながらも、僕たちのクラスはキノコもタケノコも
笑顔で集合写真におさまりました。お土産にキノコにはタケノコの形の、タケノコにはキノコの形
のチョコレートが配られるのですが、帰りのバスではそれをお互い交換して食べては「同じ味だね」
と言って笑いました。

「同じだね」と言って笑いました。 「同じだね」と言って笑いました。
「同じだね」と言って笑いました。 「同じだね」と言って笑いました。


自由詩 きのこの山・たけのこの里 Copyright 猫道 2023-11-21 22:52:35
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