尾のあるもの
岡部淳太郎

地をふりかえる
もはや人でないものとして
山に分け入るべき時だ
鼻を濡らして
舌を濡らして
人としての重荷を下ろす
頬を赤らめ
森を通って山の頂上にたどりつく
おしり むずむずする
もうそんな年なんだ

春の呪文に敬礼する
春の呪文に拝礼する
すべての動物たちを代表して
春の呪文が割礼する

家をふりかえる
春は人でなしの季節
古い山のようにたしかに残酷な時だ
産毛を濡らして
腋毛を濡らして
人になるために人に違反する
山は緑
花は紅
頂上で痒いところをまさぐる
おしり むずむずする
もうそんな朝
おしり むずむずする
もうそんな春

呪文は繰り返され
人でなしを次から次へと生み出し
呪文は繰り返され
それは鳥の求愛のさえずりにも似て
呪文は繰り返され
人は人でなしの道を通って人になり
呪文は繰り返され
それは蚯蚓のはらわたよりも謎めいていて

空をふりあおげば
もはや人ではありえない
葉は濡れて
根は濡れて
人ごみは鬱蒼とした森としてあり
おとこのこ
おんなのこ
たがいに頬を赤らめ
おしり むずむずする
何かが生えてくる
おしり むずむずする
何かが生えてくる
おしり むずむずする
何かが生えてくる
おしり むずむずする
何かが 何かが



(二〇〇五年五月)


自由詩 尾のあるもの Copyright 岡部淳太郎 2005-05-15 23:35:48
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