じゃあね、またね
日々野いずる

生きるたびに怖いところがふえていくねって
きみがうつむいて
コーヒーカップをなぞりながら、
震える指で、
伏せたまつげを揺らしながら、
他人の「すみません」に肩を震わせる
「音楽をきいてないとだめなんです、
人がわたしのことを言っているようで」
電車に乗れなくなった子が
地元にいるらしくて、
なんの重荷もない真っ白い腕をしているのが
不思議でならなかったの、その子が
わたしなら

カフェに人が増えてきて
小さな声で「出よう」と言った
「酸素がたりない街なのは、早足だからだよ」
追われて息切らして帰った家で
やる事なくて暇、てLINEを打って
一時間待って
無音に沈む

「人混みて気を使う、だから暗いうちの散歩が一番いい」
空が暗いまま歩く白い息は街灯がうつして
寝起きの冷たい手をあたたかくする
これから来る朝が柔らかく
熱を伝えているのなら
ほんの少し開いた体が朝日をつかまえて
朝につかまえられて
うすく白になっていく心地よさ
体で赤に溶けて白がめぐる
それがずっと続いてくれたら、

――繰り返して。
「なんだかとても怖いことがふえたね」て
きみにいわれて
「そうかもね」てやっと同意できた。
目の前の
人の皮一枚剥けば肉と骨があらわれる
皮一枚隔てたその
恐怖を
うまく症状に浮かべられたら
きっと違う結末だったかも。
まあそれを思ったのは、遅すぎたのだけど。


自由詩 じゃあね、またね Copyright 日々野いずる 2023-10-28 19:46:13
notebook Home 戻る