正午
妻咲邦香
おはようを言わない朝もある
おやすみに似合わない夜もあれば
留めておきたくない風景もある
鉄塔を怖がる鳥もいる
拾われて来た子のまま育てられた
白と黒、光と闇、どちらの味方もしなかった
どちらかに行ってしまった人は、黙って見送った
私は裏切り者と呼ばれた
起き抜けにコップ一杯の水を飲み干す
カルキの溶けた軟水は血の味がした
誰の血かわからなかったが
此処では大地で皆繋がっているし
同時に縛られてもいる
だから誰かしらの血であるわけで
私の中に堂々と、ノックも無しに入って来る
そして自由自在にそこら中を歩き回る
最後には私と目合い、生産的な活動に手を染める
時々風が見えてしまうことがある
それは果たして悲しいことなのかどうか
それでも
ありがとうを言わない一日もある
美味しいと思えない食事もあるように
誰も思い出さない夕刻もある
客船を怖がる島もある
空は「空」という物質で埋められている
それはゼリーのような物質で
そのゼリーを掻き分けて鳥は進む
時々喉に詰まらせて窒息するみたいだけど
堕ちない
ゼリーに埋もれて死んでいる
浮かんだまま、鳥の、翼を広げたその姿のまま
死んで、視界の奥で
いや記憶の手前で
いつか消化されるのを待っている
それを私たちは「飛んでいる」と誤解をしている
簡単に狂ってはいけない
罪のない人なんていないのだ
だからあの世には地獄しか存在しない
皆地獄のことを勝手に天国と呼んでいる
なぜ自分以外の領域を欲しがるのか?
泣かなくていい言葉をせっかく選んだ
そんな私に何処までも優しく出来ないで
永遠に隠し通すと決めた気持ちもある
そして今日も
おはようと言えない朝が来て
やっぱり拾われた子のまま生きている
午後には次第に伸びる日陰を恐れ
私の味方は正午だけ