美しい灰
ただのみきや

直視できない静物

しっとりした朝だ
一夜で山の色味はずいぶん変わり
黄ばんだ光の川底
紫陽花は
くすんだ化粧の下
よく肥えた死を匂わせる

寡黙な季節の形象を前に
ついことばを漏らしてしまう
節操のない感傷に荷札をつけたところで
どこにも送る当てもなく
傘もささずに
カラスと目くばせ

日差しは睫毛にまつろい
大気に黄金が溶けだしている
ひややかに濃く
肺に血に満ちてゆく
秋と名付けられたひとりのひとのよう
ただ遠くから 唇がふれるほど




夢も現も

アパートの階段の蹴込みに
黒い蝶が止まっていた
ぴたりと翅を閉じ
青い四つの瞳を眠らせて
つま先が当たれば砕け散る
枯葉のような風体

上の階の壁にも同じ蝶がいた
クジャクチョウ
越冬して春一番に現れる
二羽は夢を見ている
まだつめたい春の日差しの中
人となって見つめ合う夢を

突然ひとりが春の霞にとけて消えた
残された瞳に空はなにもなく
目覚めてもなにもないのだ
なにかはわからない大切なものが




君が好き

自らの死を撫すりながら
やせた鳩の群れが赤い空で溺れているのを眺めていた
人は真の意味で考えたり感じたりはほとんどしないのだ
すでに定めた自分の立ち位置の周囲と是非を共にする
話を振ったり 相槌を打ったり
喜怒哀楽のポイントや線引きもあらかじめ定まっていて
個別の案件によるのではなく何等かの 培ったというよりは
過敏に脆弱になってしまった部分が反応する
こころのアレルギー性鼻炎のようなものだ
様々なニュースや話題に鼻水なみだ
マスクもしないでくしゃみや咳を連発し
時に使命感や連帯感のような流行り病にかかってしまい
長くこじらせる者さえいる 
一見機械的に見えてそう都合よく動きも壊れもせずメンテも難しい
さかしまの赤い空を休み場も見いだせず
群れながら渦を巻く 鳩は 平和の象徴
そして象徴は現実を作り出さないし象徴になるためには
多くのものを現実から切り落とさなければならない
だが現実を切り落とすことなんてできないから
視界から 頭の中から切り落とすことが必要だ
多くの人はサイコなポッケをしっかり持っていて
無意識下というほどでもなく
埋めた場所もわかっている程度
普段は忘れていて ないことにしていられる
そんな秘部に他人が触れると
痴漢のごとく扱われるのだが
わたしはわたしの恥部を美しいことばに置き換えた
自らの詩を撫すりながら
鳩のようにふっくらしたきみの胸の
羽根むしってむしって裸にして食べてしまいたい
いつだってそう思っている




ふるえる雨

雨に映る声 その中の血
燃える雨の指先が
沈んでゆく
白い背中を奏でようとわなないて

ぼくはまだ雨の顔を見ていない
ファスナーを下ろして
自問する 時間が
草木のような肉体をまとう

しめやかに 汚されて
まなざしは口づけのよう
浸透する一粒の雨が
秘密を打ち明けることはない

風のかいなをすりぬけて
無限に降下する
同一の本質をもつ
無数の悲しみに顔は生まれない

ただ痛点で受け止めて
自らを滲ませる
夜と溶け交じり
錆びた風見のように血の中で眠ったきり


                       (2023年10月21日)











自由詩 美しい灰 Copyright ただのみきや 2023-10-21 13:14:12
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