花だった
46U

さいごだから、と
紅をひいて会いに行った
二度とこの紅がくずされることはないので
安心して いちばん似合う色をひいていった

約束の場所で待っていたひとは
いつも くちびるをくれたひとだった
もう もらわないし あげられないけれど。

待っていたひとは わたしの姿を見て ああ、と微笑み
けれど けして紅をくずそうとはしなかった
わたしたちのさいごの四時間
仕事の話をして
バス停でふたり ベンチに座っておしゃべりをした。
二の腕が触れあってもあのひとは誠実だったし
わたしも凪いでいた なのに
やがてバスの時間が来て
バスに乗りこもうとしたそのとき
あのひとは冗談めかしてわたしの背中から腰をてのひらで撫でた

あ、
あ、と思った。

花だった。
どうしようもなく、わたしは花だった。

こわいほどに意識したのだ 
自分のからだの輪郭を
自分が曲線でつくられていることを
自分が茎であることを
そして
このひとにとってはわたしは花だったかもしれないのだ、と
さいごの日に わたしははじめて 性根の底から思い知った。

いいにおいするね、
と あのひとは云って
わたしはたぶん 口もきけずにバスに乗ったと思う

まとっていたのはあのひとが誕生日にくれた「石の花」
この香水の名にちなんでわたしは花の字を入れた名をなのっているのだ、と
花でなくなったわたしは
とうとう 云えなかった。 


自由詩 花だった Copyright 46U 2023-10-08 13:59:37
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