暗転 (旧作)
石村




黒雲はすみやかにちぎれとぶし
さつきまではげしくしげくかはされてゐた
鮮明なエレキテル通信もやみ
すべてきらきらとみだれちる大気の狂詩曲ラプソデイ
ちいさな北の聖フランシスが蒼白の海を歩く夕まぐれ
ぴしぴしとかたい風をまいてその衣はふくらみ
なんともよい機嫌ですらすらあるいてゐらつしやる……
白陶の空まるみを帯びて晴れわたり
天末線にわだかまる
あのきちがひじみたスペクトルの交錯に
ただかなしみからのみものを云へば
それが余りにあともどりがきかないので
私は怖ぢ気乍らうたふばかりなのに
微かなはじまりをとほく想へば(かぎりなくわづかなゆたかなひかり)
拡がり膨らみ全ては蒼然と傷つき
さりとて微笑んで此処に留まるすべもない
ときおり簡明な意志が晴れやかに海をわたつていくのを
ぽつと眺めてゐるやうな次第です
此処いらひじやうな論理が銀だの金だの層をなし
何か清冽な鬼神の群れが凛々しく棲まつてゐて
うつかりとはこたへられぬしづけさだから
まつさをなけだもののやうに潔癖に
こころない波濤を跳んではげしく挑戦し
海鳥うみとりの宗教をうたつてはみたけれども
吾等ただいそがはしく夏になり
何処から来たのか分からぬままに
薄くれなゐに水面みなもは色めき(そのいちいちはひややかだ)
私はうづうづとおろかな思ひを逡巡うろついてゐる
いつたいそいつはなんのざまだ
きこえる きこえる(しづくはもえる)
いまとなつては浪ばかり なづむ情炎のゆくへもしれず
私はみづいろの薄明に陥ちてゐるのか……
貝殻を灯せば霞たちみち
ひそやかに溶け入るぬばたまの闇の息遣ひに
万象はぎこちなく諧調し流れ
あやふやとやさしい聖歌がきこえて来ると
何だかこはれたオルガンのやうな具合です
ああ、何でもないのでせうか つまり綺麗な夜なのか だつたら
ただいま虚空をおつとりとあゆんでゐるそのものを
私はしみじみとかんずれば よいのか
それでよいのか あをざめて
氾濫のみをくりかへす暗点の身よ……
あのものに はげしくちいさくすべてをかんじるあのものに
時に余りな憎悪をもつて私は祈つたが
やがて来るたけだけしい逆流の予感に
私の心は波打つて波打つてゐた


       (一九九一年六月十日)




自由詩 暗転 (旧作) Copyright 石村 2023-10-05 12:02:15
notebook Home 戻る  過去 未来