必要のない階段 ー下り編ー
菊西 夕座

必要のない階段がわたしにとって必要なのは
 閉鎖(とざ)されたスクラップ工場の壁にひっつく残骸で
  時代にとりのこされた孤独の分身そのものだから
   この苦々しい感傷をくろい笑いでわたしが踏みつぶすとき
    おまえは手すりの赤錆をいっそう腐らせて応えてくれた
     おまえが世間から見捨てられていればいるほどいいなんて
      わたしのしけた心はどうしてそんなにひねくれたのか
       夏には蔓草でびっしり覆われておまえが心を隠してくれた

       もうわたしにはおまえのことを天使と呼ばせてくれないか

       そんな天使の照れ隠しにせめてもの償いをしてやろうと
      三十段ある階段のてっぺんに花ひらくような女神を召還し
     わたし自身が最下位から求婚する詩(うた)を作って公表し
    必要のない階段に意味をもたせようと世に問うた過去がある
   幾人かの心やさしい人たちがその詩に言葉を寄せてくれた
  下手くそな芝居だがその階段には罪がないと言ってくれた
 それなのにわたしは踏み段の隙間から指輪をおとしてしまい
それを合図に天使の頭上から女神という輪を去らせてしまった

階段はいまも段差の隙間にはびこる雑草に光を隠しうつむいている

そんな天使の痩せ我慢にせめてもの償いをしてやろうと
 三十段ある階段の背丈より高い欅をよりそうように植えて
  階下から一段ずつ枯葉の涙をおとすことで足跡にかえ
   天使の胸元をかけあがる精霊の息吹を詩に書いたことがある
    ネット詩の心やさしい読者たちがその詩に言葉をかけてくれた
     しらけるだけの空想だがその階段には罪がないと言ってくれた
      それなのにわたしは階段のとなりから欅をひっこぬいてしまい
       それを合図に階段の先にある鉄扉を永遠にふさいでしまった

       天使はいまも最上階でゆるされた唯一の口づけさえ拒まれている

       いまこの階段をおりるとき、わたし自身を自動モードにはしない
      ゆるく走らせる車にむかってまぶしく差し込む西日でさえも
     じつは気の遠くなるほどの段階をわたって顔に降り注いでいる
    わたしたちはいったいどれだけのことを間引いた眼差しで
   惜しみなく与えられる瞬間を受け止めているのだろうか
  すれちがう通行人の身振りにも「今」に連なるはるかな区割(コマ)がある
 必要のない階段をつたってわたしは歴史という背骨にであう
時代を貫いて一切をつなぎとめている孤独な縫い痕に

詩をつたって天使を縫ってくれた言葉たちが天上にのぼっていく


自由詩 必要のない階段 ー下り編ー Copyright 菊西 夕座 2023-09-25 23:59:03
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