縮図
由比良 倖

ぬるい海域を、影の重みで推進していた。助けて、という声がするから振り向けた私の首には、目が付いていなくて、ただ白いもやもやした、息のような威圧感に 圧倒されて、怯えていた。 二十四時間は、眠るのに十分ではないから、私は地上で一番小さな虫のような愛情を凝視して日が暮れるのを待ちます、

愛情は水の鐘のように鳴ります、やさしい鐘の音色で、
私たちは私たちの、夜を告げます、

今朝見た郵便物には、夜の犬を夢見させるのに十分な
生々しい声は書かれておらず、
私は私で乾いた音を立てて、紙くずの城を作り、
「あ」だとか「い」だとかの黒い斑点で、夜の境目を
やわらかい、油っこいインクで
塗り立てます、

描いたのは嘘の縮図でした、感情を逆さまにして、
一番暗い箇所を血のように明るく、眩しく、
星の破裂を連想させるような線で、
塗りたくりました、傷だらけの手首も夜には
夢さえも入り込めない暗礁に
打ち上げられることでしょう、

何億回も、感情のない虫たちが私の亡骸を貪ったあとには、
誰もいない朝がどこまでも広く
そこには大きな大きな虹が架かることでしょう


自由詩 縮図 Copyright 由比良 倖 2023-09-17 18:16:02
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