飼い主のない猫 (散文詩 7)
AB(なかほど)

 三丁目の角を曲がったところで、ふと君の
匂いを感じたとき、なんてことないと思って
いたのに。


 電子レンジに卵を入れて、しばらく眺めて
から取り出し、破裂するかどうかを少しだけ
考える。あれと似ている。子供がもらってき
た風船は、気付かないうちにしぼんだ姿にな
っていくはず。それも似ている。なにげない
風に吹かれて、キジムナーに憑かれたら身震
いするんだよ。ってそれ武者ぶるいっても言
うんだけど。これも似ている。


 何気ない言葉で、それで傷付いたり笑って
しまったりできればいいのだけれど、何気な
く通り過ぎた言葉と、何気なく通り過ぎた風
がつついて、忘れていたような景色を思い出
すとき。いや、景色なんてきれいなものでも
なんでもない、なんてのは今さらで。

 犬に小便かけられた。電車降り際に横のサ
ラリーマンに吐き逃げされた。間の悪い田舎
の親からの電話。新小岩のビリヤード場、と
りとめのないポケットと、やるせない気持ち
と、マイクロバスに乗り込んでゆく国際色と、
それから、ビデオばかりの眠りたいだけの夜、
君だけの夜、君さえも要らない夜。


 あの夜もこんなふうに帰り道でもない道を
通ってアパートに辿り着くと、飼い主のない
猫に好かれて。君の声も、君の顔も思い出せ
ないのに、君の匂いなんて思い出したはずも
ない、あの夜に似ている。



  


自由詩 飼い主のない猫 (散文詩 7) Copyright AB(なかほど) 2023-09-15 18:35:25
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