フードファイター
アラガイs


昼下がりにはジャスミンが潮風に混じる。それを鼻で大きく吸い込めば息を吹き返すのが日課だ。
仔ネコのマタタビが先に声をあげた。

(旦那、マテガイの旦那、そろそろお腹が空きやしたぜ)

そういえば朝からミルクコーヒーとラム酒だったのだ。
チキは通りで一番眼につく建物を指さして言った。

(マタよ、アソコは食い物あるのか?人が大勢並んでるぜ)

通称仔ネコと呼ばれるマタタビは以前からあの建物が教会だと知っていた。
扉を挟んで手前に置かれた二つの机には、湯気の立ちあがる鍋と金属の食器。加えて皿に盛ったライ麦パンが見えている。
それを目当てに、如何にも見窄らしい服装をした人間どもが列を成して待っているのだ。

(旦那、アソコは教会ですぜ、食い物なんて、ありゃあしません、、ん?)

と、言いかけたところでマタタビは異変に気がついた。

(アレ?な、クロスのマークがエックスに変わってる。どういうことですかね‥)

辺りを見回すチキだがどうにも食堂らしい作りの看板は見当たらない。

(‥しょうがねえな。アソコで施しでもいただくとするか‥)

そう言い放つと、チキとマタタビはガタガタに剥げた石畳の上をぴょんぴょんと跳ねながら向かい側に渡った。

(ピーポーペーポーパーポーピーポー~~   )

突然救急車と黄色のパトカーが猛然と通りを走り去って行った。
驚いたのか、建物の中から白いワンピースの女や肌着姿の男どもがザワザワと飛び出してきた。
通りを歩いていた太った麦わら帽子の男が言った。

(おいおい、どうやらプレタ広場にある銀行に二人組の強盗が押し入った様子だぜ!)

順番待ちをしていた乞食たちも列を崩して騒いでいる。

(ちょっと、あなたたち二人、ちゃんと並ばなければ駄目ですよ。後ろから順番にね‥)

黒いエプロン姿の歳を取った眼鏡の女性がチキとマタにキリキリッとした顔付きで丁寧に怒鳴った。

(!).エへへ~あいよ。アイアイさー。)

たまには人の言うことにも耳を傾ける。
二人はバツ悪そうな苦笑いを浮かべ、後ろへトボトボと退いて行った。

広い机には大鍋にはレンズ豆のシチューが渦を巻いていた。荒れた石畳の上にはいい香りが漂っていた。
チキはその匂いを深く大きく嗅ぐと、あたまには故郷の透き通る海と雑木林、岸壁から見える小さなヨットが浮かんでいた。
彼らのもらう順番がやってきた。
その後ろで、5~6歳くらいだろうか、薄汚れたワンピースに伸ばしっきりの紅い髪をした少女が陶器を持って、まだかまだかと覗き込んでは指をくわえて待っていた。
その姿を見たチキは被っていたソフトキャップを捻り上げてマタに向けて言い放った。

(チッ!おい、マタよ、こんなとこで食っても仕方ないぜ、ゲストハウスに戻って一杯やるか! よ、おねーちゃん、どうぞ!オイラたち行くから‥‥)

チキはフトコロから札束を取り出すとテーブルの上に置いた。バサッと重い紙の音がした。そして後ろにいた胡桃色の眼をした少女にも何枚かの札束を手渡した。少女は驚いて後ずさりしたのでそれをマタタビがワンピースのポケットに突っ込んでやった。
振り返りはしない。チキは麦わら帽子に何故か厚めのレインコート。その脇下ポケットには玩具のピストルが、リズムを打っては揺れていた。

(あれれ! 旦那~マテガイの兄貴~チキさあん、待ってくださいよう~)
コネコのマタタビはチキの後をショボショボと追っていく。

(‥ちょっちょっと、お二人さん!)

何が起こたのか、呆気にとられていた黒エプロンの女性は我を取り戻し、その札束をグッと掴むと直ぐに二人組を追いかけたが、その姿はもう人混みの中に消えていた。
        終わり。








散文(批評随筆小説等) フードファイター Copyright アラガイs 2023-09-15 09:29:08
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