deepdeepdeeper in deep
竜門勇気


缶の中のペンキに
白い指を沈めながら
僕の目を見つめたまま
煙草を君はふかしている
毒のような息
眼鏡の裏側に回り込む煙
その甘さがよりいっそう
一息でも吸い込んだら
もう終わりだって思わせる

ある塗装屋の軒先
盗んできた缶詰は青と白
とってもきもちいいこと
とってもかなしいこと
ペンキに浸った指をゆっくり持ち上げる
とってもきもちいいこと
とってもかなしいこと
呪文を聞きながら
ペンキは指から垂れ落ちる

軒の向こうで雨が降る
柔らかに形を変えながら
缶の中にペンキが垂れ落ちる
その重さのそのままで
とってもきもちいいこと
とってもかなしいこと
どっちがすき?
わからない。ひょっとしたらどっちも知らないかもしれない。

ある塗装屋の軒先
とってもきもちのいいこと
とってもかなしいこと
どっちを君がくれたか思い出せない
いま、どっちも知ってるから
どっちも教えてくれたのかもしれない
虫の音がやたらやかましかった
蒸し暑くて何度も汗をぬぐっていた
ペンキのついた指をくわえて
その代わりに煙草をペンキの缶に落とした
君が飲み込んだ青いペンキ
君が飲み込んだ白いペンキ
どちらも記憶にあって
たぶんどっちもにせものさ

でもそのふたつのにせものが
とってもきもちのいいことと
とってもかなしいことの正体だ
あの缶の底に何があったのか
なにかあんとき見つけたのかい?
なにかあんとき解ったのかい?
煙草を吸うたびに思い出す
君は僕のきもちいいこと?
君は僕のかなしいこと?
ペンキの缶の底にあった
甘い終わりがあんまり甘いので
いっそうこれで終わってしまいたいと思わせる
記憶の中の君は
とってもきもちよくて
とってもかなしい




自由詩 deepdeepdeeper in deep Copyright 竜門勇気 2023-09-09 22:28:19
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