誤記振りの根性
アラガイs


夏は獣臭い草叢を引きつれて僕の夜がはじまる。この湿気は妄想と戯れる暗闇の伴走者だ。チッまた羽虫が眼に飛び込んできた。
勢い急いで立ち止まれば大きな白い鼠が音を立てて、手前のブロックには壱メートルもあるトカゲが張り付いて動いていた。そして頸を動かした瞬間から目の前には小さな黒い虫が通り過ぎる。
なんてことはない。風の悪戯だった。ビニール袋が擦れセイタカアワダチソウが揺れる。点灯するヘッドライトの影が動いているだけなのだ。
べたつく汗を抱き自転車を止める。まだ薄暗い階段を登れば僕の一日も終わる。じきにお天道様も顔出し、また朝から照りつける猛暑のはじまりだ。  
上がる途中で鉢植えの植物が乾いている様子が気にかかり、スプレー水を取ってくれば、!。してみればいつやって来たのか、一匹のゴキブリが鉢植えの前でじっとしているではないか。それもこちらが動いてもじっとしたままだ。普通ゴキブリという奴はすぐに逃げるはずだ。どうして、ひょっとしてこいつも夏バテか? 黒くへばり付いて。 気持ちわるいのですぐに箒で階下へ落としてやった。
気になったので降りてみればまだじっとしてその場に佇んでいる。ゴキブリは害虫だ。少し躊躇ったが、スコップを持ってきて上から八つ裂きにしてブロック沿いの草叢に放り投げてやった。これは妄想ではない。連想なのか、、    、幻想
なんてことはないが、おまえも運のわるい奴だ。さっさと逃げれば殺されずに済んだものを………
このときばかりは俺は僕ではなかった。ゴキブリを見たら殺す。俺は強い。が、一応両手を合わせて合掌。これでも仏教徒だからな。ふふふん。
しかし、すぐに変な感情が湧き起こってきた。いや、ひょっとしたらこいつ、このゴキブリは俺に殺されにやって来たのかも知れない。何処からか、自分で自分を殺せないのでわざわざ俺の手を借りに……
文字を眺めればなんてことはない。寝付きのわるさから起き上がれば空間は捩れたままで、性懲りもなく丁寧な身支度をして階段を降りていく。焼けた頸筋と朦朧に浮かぶ意識を引きつれて。今日殺した小さな魂と熱気に沸く風とを引きつれて。




自由詩 誤記振りの根性 Copyright アラガイs 2023-09-05 10:18:50
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