十九
soft_machine

  十九



 土間のかおりが濃い風の中で
 今もまだ鏡を磨くその人は
 母方の大叔父だった
 茶摘みが好きな
 ハモニカの上手が
 無口な夏の
 終わらぬ波の狭間へ
 時の流れを十九で沈めた

 ことばを磨くうしろ姿が
 痛みと騒音を慎重に拒む
 頭の中の階を
 雨に歌う虫たちと共に駆け去る
 町の外れの草の陰
 丹念にみがく
 水に歪む月のひかりよ

 沢蟹のように
 郭公のように
 花卉を育てあげ
 磨いた瞳も送り出す

 記憶は泣かない
 今日も町は星を植え
 明日になれば
 朝がくるから
 朝がきたら空を見上げる
 彼の夏の終わりは陽射す
 乾いた舌を磨くのだ

 私は彼が好きだった
 ことばが飛び交うこの神の世に
 魂だけのこされ
 峠にひろう真鍮のかがやき
 虫の脱ぎすてた皮と変らず
 青を育む器になる





自由詩 十九 Copyright soft_machine 2023-08-19 13:28:29
notebook Home 戻る